蜜愛シンドローム ~ 陥溺の罠 ~【完】
なんだか聞けば聞くほどブルーになる。
道具にされるよりは、無視されるほうがまだマシな気もする。
絢乃は脱力したまま助手席から降り、パタンとドアを閉めた。
そのまま軽く一礼し、踵を返そうとする。
・・・と、その時。
ウィーンという音とともに、助手席の窓が開いた。
首を傾げた絢乃を、運転席の卓海がじっと見つめる。
「あのな。・・・ただの道具に、あの程度の調査だけで、あんな交換条件出すと思うか?」
「・・・え?」
「オレはそこまで酔狂じゃねぇよ。・・・じゃあな、絢乃」
卓海の言葉に、絢乃は目を見開いた。
どういう意味だろうか。
驚く絢乃の視線の先で、卓海は少し笑い、助手席の窓を閉める。
───どこか切なげな、翳りのある笑み。
一瞬見えたその表情に絢乃は息を飲んだ。
立ち尽くす絢乃の前で、黒のデュアリスは静かに発進する。
ロータリーを回って大通りへと出て行くその黒い車体を、絢乃は呆然と見つめていた。