蜜愛シンドローム ~ 陥溺の罠 ~【完】



なんだか聞けば聞くほどブルーになる。

道具にされるよりは、無視されるほうがまだマシな気もする。

絢乃は脱力したまま助手席から降り、パタンとドアを閉めた。

そのまま軽く一礼し、踵を返そうとする。

・・・と、その時。

ウィーンという音とともに、助手席の窓が開いた。

首を傾げた絢乃を、運転席の卓海がじっと見つめる。


「あのな。・・・ただの道具に、あの程度の調査だけで、あんな交換条件出すと思うか?」

「・・・え?」

「オレはそこまで酔狂じゃねぇよ。・・・じゃあな、絢乃」


卓海の言葉に、絢乃は目を見開いた。

どういう意味だろうか。

驚く絢乃の視線の先で、卓海は少し笑い、助手席の窓を閉める。

───どこか切なげな、翳りのある笑み。

一瞬見えたその表情に絢乃は息を飲んだ。

立ち尽くす絢乃の前で、黒のデュアリスは静かに発進する。

ロータリーを回って大通りへと出て行くその黒い車体を、絢乃は呆然と見つめていた。


< 354 / 438 >

この作品をシェア

pagetop