蜜愛シンドローム ~ 陥溺の罠 ~【完】
───その日の夕刻。
絢乃は電車に揺られながら、ため息交じりに昼の社食での会話を思い出していた。
昼、時間通りに社食に出向いた絢乃に、卓海はいつものネコ被りの笑顔で言った。
『絢乃ちゃん。昨日休んだみたいだね? 具合はどう?』
『・・・おかげさまで。大丈夫です』
『足を挫いたって聞いたけど。どうしてオレに何も言ってくれなかったのかな? オレと絢乃ちゃんの仲なのに?』
にこにこと笑いながら卓海は言う。
絢乃は内心でヒィと思いながら昼食のスパゲティにフォークを伸ばした。
今のセリフを裏モードで言うと、
『足を挫いたらしいな。なぜオレに何も言わない? お前はオレの道具だろうが』
って感じだろうか。
頭の中でとっさに翻訳できるほど、自分の脳はこの男の毒気に冒されてしまっているらしい。
ううっと思った絢乃に、卓海はいつもの優美で爽やかな笑顔を浮かべて言う。
『そういえばね。今度の週末は、予定が入ったから残念ながら一緒に遊ぶのは無理かな』
『・・・えっ?』
『君のお兄様に呼び出しを食らってね。どうしてオレとのことがバレたのかはわからないけど・・・』