蜜愛シンドローム ~ 陥溺の罠 ~【完】
───そもそも、慧が個人事業主になったきっかけは絢乃だ。
慧は昔から頭がよく、日本の最高学府にストレートで合格した。
それがどれだけすごいことなのか本人はあまり自覚していなかったが、それでも絢乃や母の時世が喜ぶと、慧も嬉しそうな笑顔を見せた。
しかも慧の学部は最高学府の中でも最も難関と言われる法学部で、慧は大学三年の時に司法試験にも受かっている。
・・・しかし、慧が大学を卒業した年。
慧は超難関の国家公務員I種試験の筆記にパスし、最終面談を残すのみとなっていた。
けれど最終面談の日、運悪く絢乃が風邪をひいて高熱を出し・・・。
ただの風邪だから試験に行ってと絢乃は何度も言ったが、慧は試験をすっぽかして絢乃を病院に連れて行き、それから丸三日間、つきっきりで看病した。
『試験はまだ受けるチャンスはある。けれどお前に後遺症でも残ったら、取り返しがつかない』
───あの時の慧の言葉を、絢乃は一生忘れないだろう。
そしてそのまま慧はどこにも就職せず、在宅で個人事業主となる道を選んだ。
慧は何も言わなかったが、ちょうどその頃、母のアメリカ赴任が決定したことも恐らく理由の一つだろう。
個人事業主として開業して一年目は、コネ作りや仕事探しに邁進し売上はゼロだったが、翌年からは順調に売上を伸ばし、今ではサラリーマンの4倍の年収を稼ぐまでになっている。