蜜愛シンドローム ~ 陥溺の罠 ~【完】
「そう言われたのは初めてですよ。・・・兄は私と同じく、システム系の仕事をしてます。個人事業主なので、在宅ですけど」
「個人事業主か。・・・このご時世は何かと大変だろうな」
雅人はなぜか実感のこもった声で言う。
・・・まるで自分が個人事業主であるかのように。
首を傾げた絢乃に、雅人は話題を変えるように少し笑った。
「ところで、お前の家はどの辺りだ? 宮崎平の駅の方に向かえばいいのか?」
「・・・あ、はい。宮崎平の駅を通り過ぎて・・・」
───やがて車は住宅街に入り、絢乃のマンションの前に止まった。
絢乃は雅人に礼を言い、助手席から降りようとした。
・・・と、その時。
マンションの玄関口の方から見覚えのある人物が歩いてくることに気付き、絢乃は思わず声を上げた。
「・・・え? 慧兄?」
慧はスラックスにワイシャツ、ネクタイという姿でこちらの方へと歩み寄ってくる。
・・・今日もどこかへ出かけていたのだろうか。
驚く絢乃の横で、雅人も慧に気付き、手早くシートベルトを外す。
車から降りた二人に、慧はいつもの穏やかな笑顔で笑いかけた。