幸せになろう
慎一はぼう然と見とれていた。
「俺は、今まで大切な物を見失っていた。仕事に夢中になるあまり、忘れてしまっていた。
和江、さやか、慎一、済まなかった」
総一郎は謝った。
「君は確か、エレーナ・フローレンスさんだったな。和江と慎一が世話になった。礼を言う」
総一郎は、エレーナに深々と頭を下げた。
「いいえ、わたしはただ、慎一さんに幸せになってもらいたいだけです」
「慎一の事をこれからも宜しく頼む」
「はい」
エレーナは微笑んだ。
あの堅物、総一郎の口から出た思いがけない言葉だった。
エレーナの慎一を思う気持ちが、総一郎に伝わったのだろう。
「あのう、お父さん、お母さん、実は私もエレーナと同じ天使なの。
私は何年か前に天使として生れ変わった。
なぜそうなったのか、私にも理由は分からないけど……
人間が死後天使になるのは、非常にまれなの。
でもエレーナさんは、生まれた時から天使よ。
今まで幽霊だなんて、嘘をついてごめんなさい。でも、あの時はああ言うしかなかった」
そう言うとさやかの服も白い天使服に変わった。そして背中には羽が生えていた。
「さやか、もういいのよ」
和江は、さやかを慰めた。

 総一郎は先に帰って行った。
そして、和江も順調に回復し、無事退院した。
「あの、お金ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
「さやか、慎一、今まで辛い思いばかりさせてごめんね」
和江は何度もふたりに謝った。
「俺の方こそ、母さんの気持ち、何も知らないで決めつけたりして。
ところで母さんは、これからどうするの?」
「私は今の仕事を続けるわ。少し離れた場所からお父さんを見守りながら」
「そうか」
「さやか、私は貴方と再会出来てうれしかったわ。
 天使になっても、生きている貴方に会えるだけで十分よ」
「お母さん」
和江とさやかは、互いに別れを惜しんだ。
そして和江も帰って行った。

 あれから、総一郎と和江はうまくいっているという。
「母さんの思い出を見せられた時は驚いた。天使ってあんな事も出来るんだな」
慎一は感心する。
「これが天使の本当の力です。
それに、お父さんに初めて認められました。慎一さんの事を宜しく頼むって。
私、すごくうれしかったです」
慎一も、父にエレーナが認められたのが何よりも嬉しかった。
こうして家族は、和解したのだった。
エレーナ、姉さん、今までありがとう。これからも宜しく。
 
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