幸せになろう

綾香はエレーナを励まし続けた。

　それからエレーナは、毎日慎一の見舞いに行った。
綾香もよく見舞いに来てくれた。
だが、慎一の意識はなかなか戻らなかった。
　そんなある日だった。
いつものように、エレーナが見舞いに行くと、見知らぬ女性が来ていた。
「あの、貴方は？」
「私、朝倉夕菜と申します。家族の方ですか？」
彼女は、川岸に流れ着いた慎一を助けた人だった。
話によると、彼女は慎一が発見された場所近くの高校に通い、
たまたま課外活動で、川辺の清掃をしていた時、見つけたのだという。
「慎一さんを助けて下さってありがとうございます。
貴方が、見つけて下さらなかったら、慎一さんは……」
「それより、彼の意識、まだ戻らないんですね」
夕菜は、心配そうに慎一を見守った。
それからも朝倉夕菜は、学校の帰りなどに、たびたび慎一の見舞いに来た。

　天気の良い日だった。
「慎一さん、今日はいい天気ですよ。窓を少し開けますね」
エレーナが病室の窓を開けると、心地よい風が慎一のほほをやさしく撫でた。
　その時だった。
慎一が、ゆっくりと目を開いたのだ。
「ここは？あれ、俺はいったい……」
「ここは病院です。慎一さんは、川に落ちて流されたんです。
でも、意識が戻って本当によかった」
エレーナが喜んだのもつかの間。
「君、誰？俺は？」
慎一は、記憶喪失になっていた。
エレーナは、慎一が記憶喪失になっているかもしれないという医者の言葉を思い出した。
「慎一さん、私のこと覚えていませんか？」
「君と会うのは初めてだ。、君は誰？」
エレーナが一生懸命話しても、慎一は何も覚えていなかった。
やがて綾香も駆けつけてきた。
「慎一さん、何も覚えていないんです。私の事も……」
「宮原君、私のことは覚えている？」
慎一は、何を聞いても首を横に振るばかりだった。
綾香は、ひどく落ち込むエレーナを励ますのが精一杯だった。

　数日後の事だった。
エレーナが、慎一の見舞いに行くと、夕菜も来ていた。
慎一と夕菜が楽しそうに世間話をしているのを見掛けた。
どうやら、記憶に関係ない普通の世間話なら出来るようである。
だが、慎一の記憶はなかなか戻らない。
エレーナは、慎一の記憶を少しでも早く取り戻させてあげたいと考えた。
そこで、綾香に頼んで、慎一の記憶が戻るように願ってもらうことにした。
「宮原君の記憶が戻りますように」