幸せになろう
「頭が痛くなってきた。頭がすごく痛い。思い出そうとすると頭が痛い」
「慎一さん、大丈夫ですか? ごめんなさい。私が、一度にたくさんの話をしたからですね」

 そして、綾香もよく見舞いに来た。
だが、綾香に対してだけは、慎一の両親の態度は違っていた。
綾香には、なぜか普通に接した。
綾香とは、慎一が両親と対立する前からの付き合いがあるからなのか。 

 ある日、朝倉夕菜が見舞いに来た。
「慎一さんの具合はどうですか?」
「まだ、記憶が戻らないんです」
エレーナは、慎一を気遣う。
夕菜は、それからもたびたび慎一の見舞いに来た。
来るたびに慎一に世間話をした。
学校であった事とか、好きな芸能人の話とか。
慎一は、楽しそうにそれを聞いていた。
ふたりのやり取りを、見ていたエレーナは複雑な気持ちになった。
こんな楽しそうな慎一を見たのは、初めてだった。
それは、エレーナの前では、決して見せない表情……
エレーナは、慎一を遠い存在に思えてならなかった。

 慎一とエレーナ、ふたりっきりの時だった。
「慎一さん、これを覚えていませんか?」
エレーナは、翼を広げて見せた。
自分が天使である事を話せば、慎一は思い出してくれるかしれない、エレーナはそう考えたのだ。
羽のかけらが何枚か落ちた。エレーナは、それを拾い、慎一に渡した。
白くて、美しく光り輝く羽。
「白い羽、君はいったい?」
慎一は少し考え込んだ。しかし、
「ごめん、やっぱり思い出せない」
「無理なさらないで下さい。ゆっくり思い出して下さい。時間はいくらでもありますから」

 日曜になった。
夕菜がまた見舞いに来た。
「慎一さん、今日はお休みだし、気分転換にどこか行きませんか?」
慎一は、夕菜の言うがままについて行った。
エレーナは、慎一と夕菜の事が気になってひそかについていった。
ふたりは、近所のファミレスで食事をした。
それからも、夕菜は時々慎一を誘っては、ふたりで買い物や食事に出かけた。
エレーナは、内心穏やかではなかった。

 だが、そんな慎一に少しづつ変化が現れ始めた。
夜、エレーナと二人でニュースを見ていた時のことだった。
あの黒埼と、その一味が別な事件で再逮捕されたというニュースだった。
画面には、最初の逮捕時の黒埼が映し出されていた。
それを見ていた慎一がつぶやいた。
「俺、この人見たことあるような気がする」


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