幸せになろう
また、こんなこともあった。
毎日テレビで流される、戦争、犯罪などの悲惨なニュースに、慎一が反応した。
「俺、こういうの嫌だ。なんかよく分からないけどすごく許せない」
「慎一さんは、記憶を失う前、いつもこう言っていました。
人が他人を不幸にするのは許せないと。
記憶を失っても、その気持ちだけは失くしていないのですね」
エレーナは、嬉しかった。
以前、彼女が慎一の記憶を無理に取り戻そうとして、ショックを与えたことが
多少は、効果があったのだろうか。

 だが、両親は、エレーナと同棲を続ける慎一に対して我慢がならなかった。
慎一につきまとうエレーナも気に入らなかった。何度もエレーナを追い出そうとした。
「なぜ、父さん達は、俺やエレーナさんを嫌うんだろう。分からない」
 そんなある日、ついに総一郎は、ぶちきれた。
「今すぐあの女と別れろ!」
総一郎は、自分に従わない慎一の襟首をつかみ、力いっぱい突き飛ばした。
「やめて下さい」
「うるさい!」
止めに入ったエレーナも突き飛ばした。
「慎一さん、怪我はありませんか?」
慎一は、突き飛ばされたはずみで、壁に激突していた。
その時、何者かに追われる天使の姿が慎一の頭をよぎった。
ほんの一瞬のことだった。
「頭が痛い。割れる」
エレーナは、慎一を部屋で休ませた。

 その夜慎一は、夢を見た。
病室で寝かされている女性、そして葬式、両親と激しくもめる子供、
断片的な夢だったが、それは慎一の過去だった。
それからも何度も同じ夢を見た。
「エレーナさん、最近不思議な夢を見るんだ。何度も同じ夢を」
慎一は、見たままを話した。
「それは、慎一さんの子供の頃の夢です。以前、慎一さんが私に話してくれました。
姉、さやかさんの死をめぐり両親と対立するようになったんだって」
エレーナは、慎一の過去を語った。
「俺に姉さんなんていたんだ」
「お姉さんの事、思い出せませんか?」
「思い出せない」
それからも、慎一は、何度も同じ夢を見た。
目覚めるたび、激しい頭痛が彼を襲った。
そして、再び何かがものすごいスピードで頭の中を駆け巡って行った。
それが何なのかはよく分からなかったが、記憶の断片のようなものだった。

 慎一は時々頭痛になり、天使が羽を広げる姿が脳裏に浮かぶ事があった。
但し、天使の顔まではよく分からなかった。
エレーナさんと同じ白い羽……
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