幸せになろう
それは、衝撃的な言葉であった。  
サラは、背後から突き落とされたような感じがした。
もし綾香が聞いていたら、彼女の衝撃は想像を絶するものだったに違いない。
綾香の好きな人が死ぬんだ。
「綾香さんにこの事を話したの?」
「話していない」
「どうしてそんな大事な事を言わないの。川村さんは、綾香さんの事をどう思っているの?」
サラは、その場にいたらショックで言葉が発せられなくなったであろう綾香の代わりに
気丈に振る舞う。
 川村は、しばらくの沈黙のあと、こう答えた。
「俺だって、本当は、斉木の事がすごく好きなんだ。
でも、俺は斉木と付き合う訳にはいかない。俺が死ねば、あいつが悲しむからな。
だから俺は、自分の気持ちを偽って、あいつに冷たくしてきた。
自分が死ぬと分かっていてまで恋人を作るのはおかしい。そんなの身勝手だ。
自分を好きになってくれた人を傷つけてまで。だから、俺はそういう事はしたくない。
これは、母さんから聞いた話だが……」
川村は前置きをした。
「昔、俺の母さんがまだ若かった頃、付き合っていた人がいたんだ。
しかし、その人は、病気だったんだ。
自分の死期が近いのを分かっていたくせに、自分から母さんのことを好きになって付き合ったんだ。
そしてあっという間に逝っちゃったんだ。
残された母さんは、すごく悲しんだ。
だから俺は、母さんの昔の恋人みたくなりたくないんだ」
「川村さん……」
川村の本当の気持ちを知ったサラ。
彼が不治の病だったとは……

 静かにサラが病室から出てきた。
廊下で綾香が待っていた。
「サラさん、遅かったわね。川村さんと何を話ていたの?」
「ちょっと世間話をしていただけよ」
「そう」
サラは、悩んだ。この事を綾香に話すべきかそれとも……

 川村の容体が悪化したのは、それから間もなくだった。
綾香とサラは、急いで病院へ駆けつけた。
川村は、既に意識がなかった。
「綾香さん、あの、川村さんのことなんだけど……」
サラは綾香に川村の気持ちを伝えた。
「言おうかどうか迷ったの。でも、言うなら今しかないと思ったから。
川村さんには、斉木には言うなって口止めされていた。
でも、私は言ったほうがいいと思ったから。
ごめんなさい、私、余計な事したよね」
だが、綾香は意外にも落ち着いていた。
「ううん、いいの。川村君の本当の気持ちが分かっただけでもよかった。


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