赤いスイートピー
チエミはヒロユキと映画に行くのをとても楽しみにしていた。
しかし、その約束は果たされることはなかった。
約束の日の前夜、待ち合わせ時間を決める電話はかかって来ず、二度とヒロユキは改札にもチエミの前にも現れなかった。
二ヶ月後ー
「河合チエミさんですか?」
チエミの家に知らない女の人から電話がかかっていた。
「はい。」
その人の声はとても落ち着いていた。
「すみません、突然電話して。私、西野ヒロユキの姉です。あなたはヒロユキのお友達ですか?」
「はい」
チエミは答えた。
女の人はしばらく沈黙してから言った。
「…ヒロユキ、死んでしまったんです。」
「え…」
ヒロユキの姉の言葉にチエミは感電したかのような衝撃を受け、その手から受話器が滑り落ちた。
ーヒロユキ、死んでしまったんです。
確かにそう聞こえた。
チエミは慌てて受話器を拾い上げる。
「事故でね。二ヶ月も前なんだけど。警察が来たりして大変だったから、知らせるのが遅くなってしまって。ヒロユキのアドレス帳にあなたの名前が載っていたので、電話したの。生前は弟がお世話になりました。」
チエミはあまりの突然の事に言葉を失った。
少しの沈黙があり、
「それじゃ、失礼します。」
ヒロユキの姉が電話を切ろうとするのをチエミは遮った。
「待って下さい。事故って?なんで?」
信じられない。
相手は黙ったままだ。
違う、泣いている。
「バイクの後ろに乗っていて、事故にあったの。運転してた子は助かったんだけど、ヒロユキは車道に投げ出されて、そこに大型のトラックが来てしまって…」
電話口でヒロユキの姉の声が震え、嗚咽を堪えているのがわかった。
想像するだけで恐ろしい壮絶な事故。
「病院に運ばれた時には、もう息はなかった…」
チエミはあまりのことに信じられず涙がでなかった。
足下から、身体が溶けて行くような感覚がしていた。