赤いスイートピー
ゴッホの「星月夜」を見たチエミは静かで情熱的な絵だ、と思った。

これがヒロユキが一番好きだと言っていた絵だ。

チエミは指で絵を撫でる。

ヒロユキの星月夜は、デッサンだったから色がわからなかった。


ーこんな色だったんだ。もっと早く見るべきだった…

チエミがゴッホの画集をながめていると、誰に呼ばれた気がして、顔を上げた。


柏田がすぐそばに立っていて、チエミの横から広げた画集を覗き込んできた。

近づいた柏田の体からかすかにシトラスの香りがした。


「河井さん、絵が好きなんだね。」

チエミは思いきり、首を横に振る。

柏田が優しく微笑んだ。

「…俺はゴッホが一番好きなんだ。」

その言葉を聞いたとたん、チエミの身体の中で強い衝撃が走った。

チエミは椅子から立ち上がり、柏田の顔を凝視した。

不思議そうな顔でチエミを見る柏田の顔が、ヒロユキの面影と重なった。


…ヒロユキ君…

心の中で呼んだ。

涙が溢れ、視界が霞んだ。

「…どうして、どうして急にいなくなっちゃうの!?」

どうにもできない悲しみが込み上げ、チエミは泣きじゃくりながら、柏田に縋りついた。

そんなチエミを振りほどくことなく、柏田はそのまま受け止めた。

「…どうしたの?」

チエミが少し落ち着くと、優しい声で柏田は聞く。

「大丈夫?」

その声の暖かさと柏田の胸から伝わる温もりに、チエミは小さな子供のように甘えたくなった。

「ずっと一緒にいて…。」

柏田の匂いを吸い込む。

「一人にしないで。お願い…」

チエミは自分の身体を、柏田に預けるように押し付ける。


「わかった…もう一人にしないよ。」

柏田は、ふうっと大きな吐息を漏らした
次の瞬間、チエミの身体に両腕を回し、きつく抱き締めた。

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