赤いスイートピー
毎週日曜日になると、チエミは柏田の自宅を訪れるようになった。

柏田は茅ヶ崎の海の近くにあるマンションで、一人暮らしをしていた。

チエミの家からは、電車で一時間程だ。

誰にもいえない秘密の恋。
チエミに罪悪感はない。

まだ二十六歳で大学生のような柏田は、チエミにとってもう先生ではない。特別の存在になった。

初めてチエミが柏田の部屋に通された時、
「どうぞ。」と言って柏田に手土産のクッキーの入った缶を手渡した。

柏田はくくっと笑い、
「お気遣いありがとう。いい奥さんになれるね。」
と優しい笑顔を見せた。

チエミは緊張しながら部屋の中を見渡す。

書類の山がいくつかあった。
それらはきちんと整頓され、柏田の几帳面さが現れていた。

美術を専門とする者らしく、家の本棚には色々な画家の画集や美術関連の書籍、雑誌が並べてあった。

チエミは部屋の隅に描きかけの水彩画がイーゼルに掛けてあるのに気が付いた。

ヨットと海を描いた風景画だった。

「これはどこ?」
「この近くにあるマリーナだよ」

柏田がインスタントコーヒーを淹れながら答えた。

イーゼルの右上には、その写真が貼ってあった。

「写真は先生が撮ったの?」

「そうだよ。ずっといるのは大変だから、写真撮ったり、記憶に留めておいて描いたりするんだ。」

柏田はコーヒーを小さなダイニングテーブルに置きながら言った。

「うちで先生はやめようよ。慶でいいよ。」
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