赤いスイートピー
チエミたちの逢瀬は、もっぱら柏田の部屋だった。
晴れていても、雨が降っていても。


「外でデート出来なくて残念だね。」

柏田はよくそう言った。

「そんなことないよ。慶とここがいい。」

チエミは柏田の優しい腕の中で過ごすのが好きだった。

一日中でも良かった。

柏田がいつまでもチエミの頭を撫でてくれるのが好きだった。

柏田の肌の温もりに、チエミは生まれて初めての歓びと幸せを感じた。


「もっと、慶と一緒にいたい…ずっと抱いていて。」

柏田はチエミにとって、不安なこと全てから守ってくれる安全なシェルターと同じだった。



柏田はチエミの為に料理を作ったり、ギターを弾いて聴かせてくれた。

ジョンレノンを尊敬している、と言った。

「チエミ、この曲知ってる?」

「LOVE」という歌を弾き語りしてくれた。

愛は真実、真実が愛…

胸を打つ英語の歌詞の意味はチエミも分かる。

愛は自由。


呟くような柏田の歌声は、そのまま柏田の心の言葉のように聞こえた。

その歌声があまりにも切なくて、何時の間にかチエミの目から自然に涙がこぼれていた。



「柏田先生に質問タイム、始まりまーす。」

柏田はチエミの知らないことをたくさん知っていたから、時々、チエミはそれをやった。

ふざけて柏田を「先生」と呼び、わざと意地悪な質問をする。

それは大抵、ビデオ映画のエンドロールが流れると始まった。

ソファーに座ったまま、チエミは横にいる柏田に尋ねる。

「先生、人間は何故服を着るんですか?」

「先生、ペンギンは何故溺れないんですか?」

柏田はなるべくまじめに答えようとするが、チエミが変な質問ばかりするので、逆襲、とばかりに苦し紛れの質問をした。

「チエミは何で色が白いんですか?」

「赤ずきんの狼の質問みたい。」

チエミは笑い、ちょっと考えてから答えた。


「慶に好きになってもらう為です。」

「負けた。」
柏田はチエミの頬を軽くつまんだ。

チエミは笑い、言った。

「じゃあ、もう一つ質問します。
柏田慶先生はなぜチエミを好きになってくれたのですか?」

柏田は、わざとふうっと大きく溜め息を吐いたあと、言った。

「あんな風に抱きつかれたら、男はみんな参っちゃうでしょ。」


あの時、図書室でチエミが泣いた理由を柏田が聞くことはなく、チエミも話さなかった。


そして、マリーナの絵は長い間続きを描かれず、イーゼルに置いたままだった。
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