赤いスイートピー
「温泉に入ってゆっくりしよう。天気が良かったら、恋人岬にいってみよう。」
「うわあ。ほんと?嬉しいなあ。」
柏田のよこしたホテルのパンフレットには、ホテルの豪華な施設や料理の写真が載っていた。
それを見ながら、チエミは自分がまだ十六歳だったことを思い出す。
もう身体は女なのに。
制服を着た私は、まだ子供。
早く大人になりたい。
十歳年上の慶と釣り合う年齢になりたい。
あの家を出たい。
チエミはいつも願っていた。
この頃の柏田とチエミは、柏田の運転する白いパルサーでよく出掛けるようになっていた。
近場は避け、千葉や静岡や山梨など遠出の日帰りのドライブ旅行を楽しんでいた。
遠い土地では、二人は腕を組んだり、手をつないだりして歩いた。
年齢より大人びた外見のチエミは柏田と歩いていても、人に好奇の目で見られるということはない。
チエミが 「友達の家で勉強する。」といえば、帰りが深夜近くても、自分たちのことで手一杯の両親は何もいわなかった。
「あの人たちは、私の帰りが遅い方が返って都合がいいの。私がいない方が、二人で楽しく過ごせるから。」
チエミは柏田に話していた。
そんな時、柏田は少しうなづき、チエミの話を聞いてくれた。
家には、ますますチエミの居場所がなくなっていた。
二年前、流産したショックから継母は心が不安定になり、精神科で薬をもらっていた。
そんな継母を心配し、大事にしている父はチエミのことを構っていられなかった。
(ばかみたい。悩んでるのは自分だけだと思って。)
自分を冷たい人間だとチエミは思う。
でも、継母となぜか仲良く出来ない。
家にいてもほとんど口を聞かなかった。
継母の方も、チエミの食事の支度と洗濯だけは必ずしてくれたが、相変わらずチエミと向き合おうとはしなかった。