赤いスイートピー
CHIEMI
1993年ー初冬。
チエミは、すっかり陽が暮れた窓の景色をぼんやり見ていた。
北風の雑踏の中を寒そうに歩く、一人の制服姿の女子高生が目に留まり、ふと、思い出す。
ー私、高校生の時に、10歳年上の美術の教師と付き合っていた…
チエミは苦笑する。
若かったな…と思う。
心の底から柏田に溺れていた。
それは柏田も同じだっただろう。
彼がチエミに大人の愛を教えてくれた。
あの頃はいつも早く大人になりたいと思っていた。
突き放したのは柏田の愛情だと、今ならわかる。
チエミは先週、二十六歳の誕生日を迎えた。
何時の間にか、あの頃の柏田と同じ年齢になっていた。
噂では柏田は今でもパリにいるらしいが、詳しいことは知らない。
知っても今更意味のないことだ。
結婚し子供もいるかもしれない。
柏田はあれからしばらくの間、時々パリから絵葉書を送ってくれた。
チエミも返事を出していたが、佐山卓弥と軽井沢にいくと付け加えた絵葉書を出したところ、それきり返信が途切れた。
チエミは旅行会社に勤めるOLだ。
就職と同時に実家を出て一人暮らしを始めた。
バブル景気が終わっても仕事は忙しく残業も多い。けれど、この日は早めに切り上げて、いつも待ち合わせ場所にしているこの喫茶店で卓弥を待っていた。
卓弥とは先月結納を交わした。
これから決める事がたくさんあるのに、待ち合わせ時刻に彼がくる気配はなかった。
大学を卒業し、新聞社に就職、新聞記者となって忙しい卓弥は、もうずっと待ち合わせ時刻など守ったことがない。
デートをキャンセルすることも度々あるが、その場合はこの喫茶店に電話をくれるはずだ。
久しぶりのデートだし、1時間過ぎたが、あと三十分待とう…
チエミは三杯めのホットレモンティーをオーダーし、喫茶店のマガジンラックから普段は読まない地方新聞を取り出す。
もう手持ちの文庫本は読み終わってしまった。
新聞を広げ、なんとなく興味のもてそうな記事を探して読んでいるとチエミの目にある記事に止まった。