赤いスイートピー
チエミは一人でいるのが好きだ。
気楽だから。

駅から家までの通学路を、いつも一人で帰っていた。


「ごめん、チエミちゃん待った?」
「ううん、大丈夫。」

ヒロユキは、チエミをちゃん付けで呼んだ。
あの日からチエミは一人ではなくなった。

チエミとヒロユキは、だいたいの下校時刻を教え合い、改札口の前で落ち合うようになった。

駅はそう大きくないから、改札も商店街もこぢんまりとしている。
チエミとヒロユキの家は改札を出ると、右と左に別れる方向にあるが、ヒロユキは、チエミの家まで送ってくれた。

駅からチエミの家までは徒歩二十分程だ。
小さなロータリーを横切り、スーパーと本屋の前を歩く。

住宅街を抜けて、大きな団地の前を通り過ぎる。
一軒家の建ち並ぶ区画の一番手前の家がチエミの家だ。

チエミとヒロユキは、ゆっくりとチエミの家の近くまで歩いた。


三、四日の間は、チエミの家の少し手前で別れていた。

「ちょっと、寄ってかない?
寄り道やばいかな?」

ヒロユキが言い出して、団地の手前にあるブランコとベンチしかない小さな公園に寄り道した。

ヒロユキは明るくてユーモアに溢れた男の子だったから、チエミは楽しかった。



「やべー、もう八時になる。帰ろう。チエミちゃん、家の人に怒られない?」

ヒロユキが腕時計を見て言う。

何時の間にか暗くなっていた。

秋の虫がうるさいくらいに鳴いている。まだ外は寒くなかった。

チエミはもっとヒロユキといたかったが、仕方ない。


「全然、大丈夫。お腹空いたなあ。」

チエミが言うと、ヒロユキは自分のスポーツバッグのファスナーを開け、中をさぐる。

「あった。非常食。」

そういって、鞄の中からスナック菓子の箱と小さな水筒を取り出した。


「麦茶だけど、どうぞ。」

水筒の栓を開け、一口飲むとそう言ってチエミに差し出した。

「え…」チエミは一瞬戸惑う。

「もう、あんまり冷たくねーけど。」
ヒロユキは無邪気にいった。

「ありがとう。」

ためらいながらも水筒を受け取り、ヒロユキが口を付けた飲み口にチエミも口を付けた。

麦茶は喉の渇きを潤してくれたー

なんでもなかった…
自然なことだったんだ…

チエミは少し、ホッとしながら思った。

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