猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
「みゆきさん!あれっ?いない?」
引き戸の玄関をもう一度叩いてから、絢士は扉を横に引いた。
「おかしいな?」
扉は鍵がかかっている。
この時間は買い付けたものを片付けて仕込みをしているはずなんだけど。
中に人のいる気配はない。
「上に行こう」
「上ってお家?」
自宅はこのマンションの七階にある。
「ああ。どうせ絵を見せるんだし」
歩きながら絢士は昨夜のみゆきを思い出していた。
みゆきさんにとっては話しづらい事だったと思う。
飛び出してしまった俺に何度も電話をかけてくれていたのに、それに気づいたのは美桜をマンションに連れてきた時だ。
別にやましいことをしている訳じゃないのに、こそこそとかいう話をしたばかりだったから何となく居心地が悪い感じがして。
『問題なかった』とメールをしたら『わかった』とだけ返事がきた。
チャイムを鳴らしても応答がないので、絢士は自分の漏っているスペアキーで自宅の鍵を開けた。
「お母様、いない……みたいね?」
「ああ」
みゆきさんは出掛けているようだ。
今日は休みなのか?
そんな事、昨夜は言ってただろうか?
とりあえずリビングに美桜を案内して
一通り部屋を確認したが、みゆきさんはいなかった。
携帯にかけてみるが繋がらない。
何かあったのだろうか?
まさか仕入れ先で事故とか?
「電話、まだ繋がらない?」
美桜も少し心配そうな顔をしている。
「ああ」
絢士の胸に小さな不安が押し寄せた頃、当のみゆきからの電話が鳴った。
「もしもしっ!みゆきさん、今どこっ?!」
絢士の剣幕に驚きながらもみゆきは、今日は元々店を休みにしてあり、源と書いて【みなもと】さんとデートだとのたまった。
「はあ?源さんて誰だよ?!……知らないって!徳さんはどうしたんだよ?」
心配させられたのに、内緒だと電話の向こうで不敵に笑うみゆきさんに腹が立って、絢士も負けじと美桜を連れてきたことを思いきり勿体ぶって伝える事にした。