猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
「ねぇ、おじさま?」
東堂はおや?と美桜を見た。
彼女はこの店にいるときは必ず自分の事を【オーナー】と 呼ぶ。
絵を見ながら考え事をしているせいか、無意識に普段の呼び方をしたようだ。
「なんだい?」
美桜は一瞬躊躇った。
おじさまはこの絵の話をあまりしたがらない。
昔、この画家の事やどうやって手に入れたのかを聞いた時には、曖昧な返事しかもらえなかった。
ー『いい絵だろ、彼女は魔法を信じてるんだ』
とか、
―『ずっと昔に貰ったんだよ』
とか。
まだ子供だった美桜でも、東堂の切ない表情に口を噤んだものだ。
おじさまにとってこの絵はとても大切な絵
「この猫の模様は本物かしら?」
「なぜだい?」
「実際に存在するのかな、って思ったの」
美桜が考えていたのは、この絵が描かれた頃にこんな感じの猫とか模様が流行っていたんだよ。
……みたいな事だったんだけれど。
「もし存在するのなら、大枚をはたいても惜しくない」
冗談だと思って振り返ったら、顎に手を当てて本気で頷く東堂に美桜は驚いた。
「ええ?!」
「それほどありえないって話だよ……」
あ、まただ。
東堂は甘く切ない瞳で何かを振り切るように首を振った。
「ですよね」
やっぱり、ありえないわよ。
そうなると、美桜の頭の中は名刺の彼が言ったことでいっぱいになった。
「この猫がどうかしたのかい?」
「いいえ、なんでもないです」
今は憶測や思い付きを口にしたらいけないわ。
おじさまの想い出を穢してしまうのは絶対に嫌。
「そう言えば、またやりあったんだって?」
「なんの事かわかりません」
もちろん、わかっている。
美桜は会話の方向に、顔をしかめた。
「蓮は彼なりに心配しているんだから美桜も少しは折れてやらないと。私だっていい年だ、蓮の言うことにも賛成だな」
「都合のいい時だけ年寄りぶるのは止めてください、
オーナー」
「それにしたってあの叔母さんが、」
「あーもーその話は止めてくださいって!」
美桜は思い出して頬を膨らませる。
昨晩の蓮とのやり取りは最悪なものだった。
今更言っても仕方ない、
できるだけ誤魔化して引き伸ばしておけばいいのよ。
「あー忙しい!さっさと仕事しないと!」
美桜は逃げるようにバックヤードに駆け込んだ。