猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
「ちょっと!!」
みゆきは慌てて美桜に駆け寄った。
「母?私の母が何をしたんですか?」
「本人に聞いてみたらどうだい?」
この世にいないと知ってそう言うからには、決して話すつもりはないという事だ。
「そんな……」
「悪いけどもうお客さんが来る頃だから帰っておくれ」
一緒に見た視線の先の時計は、今が6時20分。
「さあ」
腕を持って立たされると、背中を押される。
「お母様っ」
振り返った顔が悲しげに歪んだ。
「残念だよ、絢士が初めて会わせようとしてくれた女性だから、本当にそう呼んで欲しかったって、心の底から思う」
この時だけは、背中に当てられていた手がとても優しくポンポンと肩を叩いた。
「そんな……」
ガラガラっと入り口の引き戸が開いた。
「おや?見ない顔だね、お嬢さん」
ひとの良さそうな顔をしたおじいちゃまが
美桜とみゆきを交互に見て黙って出て行こうとする。
「徳さん、いいの!この人は息子の知り合いで、もう帰るところだから。そうよね?」
「はい」
「おや、そうかい」
美桜は条件反射で、身に付いている笑顔をしてお客様に笑いかけた。
お母様を困らせてこれ以上嫌われるのは嫌だ。
「お邪魔しました」
また来ますって言葉はのみ込んで深くおじぎをして表へ出た。
冷たい風に、ブルッと震える。
コートを着ながらふと腕時計を見ると時刻は午後6時30分。
「……いつから狂っていたのよ」
大粒の雫がポタポタと地面に落ちた。
美桜は天を仰いでごしごしと瞳を拭った。
どこからこの運命の歯車は狂っていたの?