猫と宝石トリロジー①サファイアの真実

「ちょっと!!」

みゆきは慌てて美桜に駆け寄った。

「母?私の母が何をしたんですか?」

「本人に聞いてみたらどうだい?」

この世にいないと知ってそう言うからには、決して話すつもりはないという事だ。

「そんな……」

「悪いけどもうお客さんが来る頃だから帰っておくれ」

一緒に見た視線の先の時計は、今が6時20分。

「さあ」

腕を持って立たされると、背中を押される。

「お母様っ」

振り返った顔が悲しげに歪んだ。

「残念だよ、絢士が初めて会わせようとしてくれた女性だから、本当にそう呼んで欲しかったって、心の底から思う」

この時だけは、背中に当てられていた手がとても優しくポンポンと肩を叩いた。

「そんな……」

ガラガラっと入り口の引き戸が開いた。

「おや?見ない顔だね、お嬢さん」

ひとの良さそうな顔をしたおじいちゃまが
美桜とみゆきを交互に見て黙って出て行こうとする。

「徳さん、いいの!この人は息子の知り合いで、もう帰るところだから。そうよね?」

「はい」

「おや、そうかい」

美桜は条件反射で、身に付いている笑顔をしてお客様に笑いかけた。

お母様を困らせてこれ以上嫌われるのは嫌だ。

「お邪魔しました」

また来ますって言葉はのみ込んで深くおじぎをして表へ出た。

冷たい風に、ブルッと震える。

コートを着ながらふと腕時計を見ると時刻は午後6時30分。

「……いつから狂っていたのよ」

大粒の雫がポタポタと地面に落ちた。
美桜は天を仰いでごしごしと瞳を拭った。

どこからこの運命の歯車は狂っていたの?



< 122 / 222 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop