猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
「志津果さん」
紫色の大柄な花柄のサンドレスを着た彼女が目の前のエレベーターから降りてきた。
「お久しぶりです」
「そうね……」
「な、なんですか?」
美桜の背後やフロントをキョロキョロみる彼女は、子供みたいな興味津々の眼差しで、にやっと笑った。
「噂の彼はどこ?!」
「はっ?彼?」
「日向から聞いてるわよ!イケメンだって!
いやん、早く会わせてちょうだい!」
「志津果さん……」
これだから……まったく深刻な話があって来たのに出鼻を挫かれてしまう。
私と日向、志津果さんの三人でいたら、志津果さんが精神的には一番若いと思う。
もちろん、見た目だって母親じゃなくて親戚の綺麗なお姉さんって感じだもの。
「いませんよ、私一人です」
「あら、ごめんなさい。大丈夫よ、男なんて星の数ほどいるんだしまだ若いんだもの。きっと美桜ちゃんに相応しい人が見つかるはずよ。それにしても……」
「志津果さん」
「椿妃と違って美桜ちゃんは男運が……」
「志津果さん!」
「なあに?」
蓮といい、志津果さんといい……
縁起でもないことを言うのはやめて!!
「別れてませんから!」
「あら」
「あら、じゃないです…、勝手に別れた事にしないで下さい」
「ごめんなさい」
「もう」
見た目を裏切らない明るいノリと、その早とちりをカバーできる可愛らしさは、子供の頃から知っている志津果さんそのもの。
これでいて仕事はできるやり手の経営者だったりするから嫌になる。
私みたいに見た目を裏切る暗いノリと、古いものに興味がある地味な性格では、彼女のような人が太陽みたいに見えてつい気後れしてしまう。
だからこそ、今回の訪問の目的は話ずらいし、そんな明るい志津果さんの裏側を暴くようで日本を発つ直前まで『あまり賛成できない』って言ってた蓮の気持ちもよくわかる。
「そしたらお仕事?何か買い付け?」
「いえ、そうじゃなくて……」
どうしよう?
いきなり本題に入る?
でも何から話そう……
絵の事を言って、はぐらかされたらどうするの?
黙り込む美桜を見て、志津果は短いため息をついた。
「そっか、ついにきたか……」
美桜にはその顔が何故か少し悲しそうに見えた。
「志津果さん?」
「取りあえず着いたばかりでしょうから、話は夜にでも聞くわ。私、買い物に行くところだったのよ。ディナーまでには戻るから、あなたも少し休んだりしなさい」
「どうして?」
「なに?一緒に行きたいの?」
「そうじゃなくて、あの……」
「話は後でよ」
「はい」
どことなく有無を言わさぬ言い方に、美桜は素直にうなずくしかなかった。
「じゃあ後で。7時にここのレストランにしましょう」
出掛けていく彼女の後ろ姿がどこか寂しげで、さっき見た悲しげな笑顔が頭に残ってしまった。