猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
「東堂のおじさまを愛していなかったんですか?」
言ってからハッとした。
「うわっ。いきなり直球ね」
「ごめんなさい!」
「いいわよ、それでこそ美桜ちゃん、あなたらしいじゃない」
まったくもって申し訳ない気持ちを、美桜はカクテルを飲んで誤魔化した。
「もちろん、愛していたわよ」
そう言って微笑んでから、志津果は話を続けた。
「もう気づいていると思うけど、あの絵の作者は東堂がこの世で唯一愛した人よ」
「そんな!おじさまは志津果さんの事だって!」
『そうね』って笑った彼女の顔に、悲しみの色はなくてホッとした。
「ねえ、美桜ちゃん。好きになるのに順番は関係ないっていうじゃない?例えそれが社会のルールに反する事だとしても」
「それは……」
自分が言い出した質問のせいとはいえ、話の方向が絵とは関係なくなっている事に美桜は戸惑う。
「東堂が放浪の旅をしていたの知ってる?」
「はい、蓮から聞きました」
「私との結婚話はそのずっと前から決まっていたのよ。親同士が決めた事だったのに母がね、あ、日向のお祖母ちゃんよ『あんな男は忘れなさい』って言ったのよ」
志津果は当時を思い出して笑った。
「でもね、私一目惚れだったの。ふふっ。
東堂に会って話したら、容姿だけじゃなくて全部が好きになってしまったの」
「そういうの、わかります」
美桜は絢士との出逢いを重ねて微笑んだ。
「だから、彼の帰りを待っていたの」
そう言った後、志津果は悲しそうに笑う。
「私は狡いのよ、東堂の会社が危ないってわかってあの人を自分のものにできるって、内心で大喜びしたわ。でも東堂はうちの力を必要としなかった……」
「はい」
あれからタキさんにそれとなく聞いた話では、放浪の旅から舞い戻ったおじさまは三ヶ月間、お父さんの力を借りてなんとか会社を立て直したと言っていた。
志津果さんのご実家は直接関係していないって。
二人が結婚したのはその半年後だって事も。
「美桜ちゃん、椿妃の娘であるあなたに軽蔑されるのはとても辛いけれど、それもこれも身から出た錆だとわかってる」
「そんな!志津果さんを軽蔑なんてしません」
「それはこれからする話を、黙って聞いた後で決めたらいいわ」
そう言ってカクテルの残りをぐいっと煽った志津果はグラスを置くと話を続けた。
「あの猫の絵を描いたのは、深水綾乃(ふかみあやの)さんて方よ。残念ながらもうこの世にはいらっしゃらないけれど、可愛らしい人だったわ」
「会ったことがあるんですか?!」
思わず立ち上がった美桜に、志津果は『お座りなさい』と静かに言った。
「会ったこと、あるわ」
美桜の驚きは、その後に続いた志津果の言葉で、口も聞けない程の衝撃に変わった。
「麻生椿妃としてだけど……」