猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
「最低だな……」
絢士は朝日にキラッと光る猫を見た。
「おまえ、知ってたなら先に言えよ」
いつものしたり顔で笑う猫が、今はなぜか悲しげに笑っているように見える。
来客を告げるベルの音がするが絢士はそれを無視した。
「こんな時間にふざけんな」
今は誰かと愛想よく話せる気分ではない。
再び鳴るベルに、絢士は最高潮の苛立ちでインターホンを取った。
「誰だよ!!」
「あっ、ごめんなさい」
「美桜……」
モニターで確認すると、申し訳なさそうな顔で彼女が立っている。
「メールしたんだけど、さっき電話も。返事がないから心配して来ちゃったの、ごめんなさい、出直すわね」
「いや、いいよ。上がって」
絢士は受話器を置くと鍵を解除した。
散らばった資料をかき集めてゴミ箱に捨て携帯を見ると、電源が切れていた。
元々昨日は披露宴の時にマナーモードにしていたから、気づかなかっただろう。
「なんてタイミングだよ……」
玄関の呼び鈴の音に続いて、トントンと控えめなノックの音に絢士は重い体を引きずって玄関へ向かった。
扉が開くと、美桜は両手に抱えていた紙袋を差し出して一歩下がった。
紙袋の中身はサンドイッチだ。
「ごめんなさい、昨夜遅かったのね…、あらその格好」
インターホン越しの彼の不機嫌な声に美桜はすでに猛反省中だったのに、恐る恐る顔を上げて絢士を見た途端に一目散に逃げ出したくなった。
「帰ってきたばかりなの?」
昨日は同僚の結婚式だって言ってたけど、
まさかそんなに遅くまで……
「思い立ったら即行動はやめるって約束したばかりだったのに、本当にごめんなさい」
とにかく彼に早く会いたかった。
昨夜から連絡しているのに、一向に返事をくれない彼が心配になったのも本当だけど……
光彦さんの協力でオババとの約束を心配しなくて良くなった今、志都果さんから知り得たことを話して、自分の素直な気持ちを打ち明けたいと、はやる気持ちを押さえられなかった。
だから朝食を用意してここへ来てしまった。
私だって料理ができる所を見せて驚かそうなんて、思いついて直ぐに。
「出直すわ、また日を改めても……きゃっ」
なにも言わずに腕を引かれて、玄関で抱きすくめられた。
「絢士さん?どうしたの?」
背中でバタンと扉の閉まる音がする。
「謎は全て解決したんだよな……」
そう言いながら私にしがみつくような彼がなんだか小さな子供みたいに思えて、美桜は彼の背中をポンポンと優しく叩いた。
「そうよ、聞きたいでしょう?」
そう言うと抱きしめる腕に力が込められた。
「聞きたくないよ」
「えっ?」
驚いて彼の胸を押すと、疲れた顔の彼が泣きそうな顔で笑った。
「絢士さん?」
「ごめん、入って」
絢士さんはそれ以上はなにも言わずに、リビングへ行ってしまった。