猫と宝石トリロジー①サファイアの真実


ふうーん、
彼女は怒った顔も魅力的じゃないか。

不愉快な事があった日だったというのに、最後は彼女に会えて随分ましになった気がして絢士は彼女との再会を、心から楽しむつもりになっていた

彼女の目的を聞くまでは……


「あの絵のことです」

「なるほど……」

「あなたがお持ちだと言っていた、あの絵に似ている絵を是非見せていただきたいんです」

「どうして?あの絵にはそんなに価値がある?」

「それは……そうだとも、そうじゃないとも言えます」

絢士は彼女の返答に、表情には出さなかったが内心は戸惑っていた。

今まで思いもしなかったが、
自分の母親は有名な画家だったのだろうか?

まさか若くして亡くなった為に希少価値があがっている、とか?

「うーん……」

絢士は本気で悩んだ。

「見せていただくだけでいいんです、お願いします」

必死な表情を見せる彼女に渋る振りをしながら、忘れかけていた産みの母親への関心が、じわじわと広がっていくのを感じていた。

これをきっかけに、
母の事がわかってしまうのかもしれない。

ちくしょう!
今日はとことんついてない!

彼女との再会すらも、楽しいものにならないのか。

今更、母親のことがわかってどうする?

踏み込むべきか?
いや、これまでだって調べようと思えば出来た事を、
あえて避けてきたじゃないか。

みゆきさんが何か言おうとする度に耳を塞いで、
強く遮ったのはまぎれもない自分だ。

それでもあの絵が俺と母親を繋いでいるのは感じている。

あの絵に何か隠されているのだろうか?

絢士は決まらぬ心のまま、ひとつ疑問を口にした。

「教えて欲しいんだが?」

「はい」

「君のところに飾ってあったあの絵の作者は何て言う人?」

「ええと……」

彼女は迷いに迷った挙句、口を開いた。

「あやのさんという方です」

「あやの……」

それだけで充分だ。

間違いない。
自分がもつ絵にもayanoとサインがしてある

彼女の店にある絵は母の描いたものだ。
母は画家だったんだ。

画家……

絢士の頭の中に、ある光景が浮かびあがった。

おぼろげだった光景が鮮明になっていく……

こぎれいだったけれど狭くて古いアパート、白いカラーボックスの一番上に木箱があった。

母がそれを開けると、いろんな色の絵の具がたくさん入っていて、ひとつ手に取っては色の名前を尋ねる自分に母は嬉しそうに教えてくれた。

あお……いや、サファイアブルーが好きだった。

忘れていた絵の具の匂いまでが急に思い出されて、絢士はパニックを起こしそうになった。

自分は大事な何かを忘れているのだろうか?

母は……

母は俺に何か伝えてくれたんだろうか?

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