猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
絢士は神にというよりは、心の中で母に語りかけた。
母さんは
愛する人から離れて本当に幸せだった?
俺は苦しいよ
彼女の笑顔が、最後に見た泣き顔が、頭から離れない
どうしたら彼女を諦めて前に進める?
フワッと風が絢士の髪を揺らして、礼拝堂の空気が変わった気がした。
扉の閉まる大きな音がして絢士は弾かれたように頭をあげた。
「脅かしてすまない」
「いいえ」
絢士は後ろをちらっと見てまた前を向いた。
こんな田舎の村に観光に来る日本人がいたのかと驚いたが、何だか急に人恋しくなってつい話しかけてしまった。
「観光ですか?」
「いや」
「じゃあ、お仕事で?」
語尾にこんな田舎の村に?という驚きを感じたのか相手が苦笑う気配を感じた。
「すみません。こっちに来てまだ三日も経ってないんですが日本語が懐かしくて…、つい話しかけてしまって」
「その気持ち、わかるよ。私も昔色々な国を旅した事があったんだが、日本語が恋しくなってこの国で見かけた日本人に声をかけた事があるんだ。……まあ正直に言うとその人が美人だったからなんだけどね」
絢士は前を見たまま微笑んだ。
「どうして旅に出たんですか?」
何となくこのまま会話を続けたかった。
こんな場所で出会えた同じ国の人だから何かヒントをもらえるかも知れない。
「簡単に言えば、親子喧嘩の売り言葉だな。
『出てってやる!』って啖呵を切ったのに、放蕩息子の私が本気で出ていくと父は全く思ってなかったんだ。
その事にすごく腹が立ったし、実際そういう自分自身に嫌気が差していたのも事実だったから、思い切って父親が探せない様な土地ばかりを旅しようと日本を飛び出したんだ」
「その旅で何か変わりましたか?」
「そうだな、色んな人との出逢いで変わっていったのかも知れないが、この国で…、ここで出逢った彼女が私を一番変えてくれたんだろうな」
懐かしむような甘い声の響きに絢士は軽く肩をすくめた
「それが今の妻です、っていうオチですね」
「いいや、残念ながら……」
とても苦し気な答え方に、絢士は申し訳ない気持ちになった。