猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
駆け引きは得意分野?!
「さて、そろそろ閉めましょう」
美桜はどういうわけか、最近このクリスタルの猫に話しかけるのが日常になっていた。
「あなたに名前つけようかしら?」
そんな自分を楽しみつつもある。
札をClose にしようと入り口を開けると、スーツ姿の男性が走って来るのが見えた。
「もう終わり?」
聞き覚えのある低く甘い声がして、絢士が店内に駆け込んできた。
「品物かしら?それとも私に絵の事で?」
きょろきょろ探しものをする彼に、美桜は小首をかしげて聞いた。
「どっちも」
彼は笑顔で言い、何かを探している。
「あれ?売れちゃったのかな?」
「何をお探しかしら?」
「このあいだ来た時に入り口にクリスタルのブタ猫がいたんだよ」
あら、まあ。
美桜は躊躇いがちにデスクに視線を向け、絢士もそれを追う。
「あっ!あれあれ!もう買い手がついちゃった?」
美桜は、内心どうしようか悩みながらデスクに行きクリスタルを取った。
後ろ髪をひかれつつも、お客さまだし気に入ってくれているのならと彼の前に差し出した。
「どうぞ」
「いいの?」
絢士が受け取ろうとすると彼女は急に猫を後ろ手に隠した。
「えっ?」
「さっきブタ猫って言わなかったかしら?」
「ああ、言ったよ」
「このコに失礼だわ」
「それは……」
絢士は彼女の態度にピンときた。
なるほど、彼女も気に入っているんだな。
「それは売り物だよね?」
「でも大事にしてくださる方のところへ行くべきよ」
「俺が大事にしないと?」
「それは……」
彼女の戸惑う表情は俺に売るべきかどうか真剣に迷っている。
よほど気に入っているらしい。
仕方無い、今回は諦めるしかないな。
絢士は少し悲しげな顔を彼女に向けた。
「チャーリーってそれに似た猫を去年まで飼っていたんだ。太った大きな猫でね、そういう顔をしたときは必ず何か食べ物をねだっていてブタ猫って呼んでたんだ」
「まあ、そうだったの」
美桜は後ろ手にかくした猫を、慌てて彼の前に差し出した。
「いいよ、それはいらない」
「どうして?」
「君が気に入っているんだろう? 女性とモノを奪い合ったりしたら母に叱られる」
にこって笑う彼に美桜は無意識に自分の胸を押さえた。
なんて魅力的な人なの……
しかも、その台詞は反則だわ。
彼の笑顔には注意しないといけないわね。
「素敵なお母さま、でもこれはあなたにお譲りするわ」
「いいの?」
ああ、その顔はもっと反則よ!
少年みたいにキラキラした瞳の彼は美桜の心を甘く溶かした。
「ええ、だってあなたの所に行きたがっていたんですもの」
美桜は今、わかった。
どうしてこの猫を店頭から下げて自分のデスクに置いたのかが。
そうよね?
猫を見るとやっぱりしたり顔で笑っている。
「ほらね」
猫の顔を彼の方へ向けた。
「おまえに餌はやらないぞ」
そう言って笑う彼につられて美桜も笑った。
二人の間に流れた空気は温かな空間を作り出していた。