猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
打ち解けてくすくす笑う彼女の柔らかい声はとても魅力的だった。
もっと近くでその声を聞いていたい。
「さあ、旅立つ準備をしましょう」
美桜は猫をレジへ持っていく。
「こいつのお礼に食事をご馳走したいって言ったら?」
「お礼なんて必要ないわ、あなたはお客様ですもの」
彼女はわざとらしくツンとした態度をする
そうきたか……
絢士は意識して渋い顔を作った。
駆け引きは得意分野だ。
「まだ値段を聞いてなかったな」
「えーっと……」
「おっと、忘れる所だった!これを」
『はい』と小さな包みを渡されて、美桜はきょとんと問いかける眼差しを彼に向けた。
「さっきまで長崎にいたんだ、お土産だよ」
「わたしに?!」
驚く彼女に絢士はにやりと頷き、開けることを促した。
これを見つけた時、この店の事を思い出して彼女に贈りたいと思ったんだ。
美桜が丁寧に包みを開けると、中から片手に収まる小さなガラス細工の地球儀が出てきた。
海の青かしら?それとも空の青?
明るいブルーのそれを光にかざすと店内の雑貨たちが映りなんともいえない情緒を感じさせる。
美桜の顔に満面の笑みが広がった。
「素敵」
絢士はその笑顔を見て、腹に鋭い拳が当たったような感覚を覚えた。彼女はそのキラキラした瞳でいったい何人の男を魅了してきたのだろうか?
絢士は見えない相手に強烈な嫉妬を覚えた。
「これを私のために買ってくださったの?」
「違うよ、大量購入して魅力的な女性に片っ端から配っているんだ」
照れ隠しの軽い冗談のつもりだったのに、彼女は本気にしたのか寂しげな表情でうつむいた。
「そうよね……」
「いや、うそ、嘘だよ!ひとつしか買ってない!
そもそも出張先で土産なんか買ったのは、母親以外では初めてだよ!なあ、この間会社に来た時もそうだが、俺を誤解しないでくれよ」
絢士が慌てて言い訳すると、彼女の肩が小刻みに震え出した。
「あっ」
やられた!
ったく、誰が駆け引きが得意だよ。
「ありがとう」
彼女の瞳はさっきのキラキラしたままだった。
「それで?その猫はいくらになるんだ?」
渋い顔で言っても彼女は笑顔のままだ。
「おまけして今日のあなたのネクタイと同じでいいわ。さあ、キラキラ光るカードを出して」
「このネクタイの値段を知っているのか?」
彼女にはネクタイを贈る相手がいるのか?
いや待て。
間抜けな事にその事を考えてこなかったが、
彼女にはもう決まった相手がいて当然だ。
見えない相手への燻った炎が燃えてきた。
「つい最近、そのブランドのものを兄に買ったばかりよ」
視線の問いに答えて、彼女は兄の部分を強調して言った。
絢士は隠しようもなく、
ホッとため息がでてしまった。
あーあーやめやめ!
この先も彼女相手に勝てる事があるのか怪しいものだ。
「なるほど……」
絢士は最後に無駄な足掻きをしてみる。
「俺のカードはキラキラなんてしてない」
「あら?!花菱デパートのカードは星がデザインされていなかったかしら?」
お互いに一瞬、確かめる視線を交わす。
先に外したのは絢士だった。
「俺の完敗です」
財布から金色に光るカードを出しながら、
絢士は久しぶりに心から笑った。