猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
「食事に一緒に行ってくれる?」
美桜は箱に入れた猫をエアーパッキンで包もうとして、手を止めて考えた。
私もお腹は空いている。
これは誘いじゃなくて、単なる行きがかり上の仕方無い事よね。
いやね、私ったら何を言い訳しているのかしら。
けれど、彼と二人で食事をしているところで知り合いに会うのは避けたい
もし彼が、オババが行くようなお店に行くと言うのなら断らなければならないわ。私を見つけた途端にお説教と嫌味が始まる。
それに、今はそれだけじゃない。
彼に何を言い出すか知れたものじゃないわ。
絢士さんに不愉快な思いをさせるわけにはいかないし、伯母が変な誤解をしても困る。
美桜は包む作業を再開しながら、考え込むように言った。
「行くお店によるわ」
「ご希望を伺いますよ、姫」
彼の返答に美桜は顔をしかめた。
「高飛車に聞こえたならごめんなさい。別に高いお店に行きたいと言うつもりではないの」
「それを聞いて安心したよ、俺はたった今 大金をはたいてしまったからね」
手元の包みを指していう彼に美桜はくすくす笑った。
「君の気に入るお店に連れて行ってあげたいんだけど、俺の腹は遠くまで持たないって言ってるんだ。それで、実はこの通りに気になっているお店があるんだが……」
絢士は賭けに出た。
彼女がどう思うかよりも、自分のお腹を優先させる。
「どこかしら?」
「この店から100m位行った所にある店の名前は……なんだったかな?ほら、元祖カツカレーって看板が出てるだろ?」
それを聞いた美桜は無意識のうちに包みのエアーパッキンのひとつを潰してしまった。
これまで好意のあるなしにかかわらず、男性に食事に誘われることはあったけれどカレーを食べに行こうと誘ってきたのは、彼が初めて。
しかもホテルや専門店ではなくて、この通りにあるあのお店。
本気なのかしら?
「キッチン・アカシヤのこと?」
美桜は半信半疑で尋ねる。
「そう、そこだ!」
うそっ、本気だわ!
本気で私とあそこにカレーを食べに行こうと誘っている。
美桜は梱包をしながらさりげなく下を向き唇をかんで笑いをこらえた。
「元祖って一体、誰が決めるんだろうな?」
「本当に元祖か疑っているのね?」
「疑ってなんかいないよ、あんなの偽者だろ?」
「まぁ大変!そんな事言ったら、ご飯しか食べさせてもらえないわよ」
絢士はくつろいでゆったり微笑んだ。
なんと、彼女は楽しそうじゃないか?
賭けは成功したようだ。
自分のお腹を優先させたのは間違いでなかった。
そして意外なことに
彼女はあの店に行ったことがあるようだ。
「そんなに美味しいのか?」
「さあ、ご自分で確かめてみたらいいわ」
「それは一緒に行くって事だよね?」
絢士の顔が満面の笑みになる。
「ええ。アカシヤさんならば喜んでご一緒するわ」
そう言って美桜は包み終わった猫を彼に渡した。
「よしっ!外で待っている」
絢士は嬉しそうに受け取って外へ出た。
美桜は一緒に入り口まで行き、Close の札を下げて扉を閉めるとこらえ切れずに声をあげて笑い出した。
「信じられない!カレーよ!」
声に出して言ったら、さらに可笑しさがこみ上げてきた。
【アカシヤ】のご夫婦は、私がASOの人間でおじ様が東堂の社長だと知っていてもその事は口に出さず、ご近所の常連さんと同じように扱ってくれる。
そして素晴らしく都合が良い事に、今日おじさまが来ることはないし、あの店に伯母が来るはずがない。
美桜は支度しながら、鏡に映る自分を見た。
ちょっと、あなた気をつけた方がいいわ!
彼は見かけよりずっと魅力的な男よ。