猫と宝石トリロジー①サファイアの真実

美桜は手を引かれたままボーっとして、はじめ絢士が何を言っているのか、理解できなかった。

やがて頭がはっきりしてくると、
衝撃を受けて唐突に彼の手を振りほどいた。

「やめておくですって?」

「ああ」

立ち止まる美桜を振り返らず絢士は歩き出す。

「私にはそんな気ないです」

「わかってる」

絢士は諭すような顔で怒る美桜を振り返った。

「でもこのまま君を家に連れて帰ったら、俺の理性の保証ができないから、絵を見せるのはまたの機会にしてもらいたいんだ」

美桜は青ざめ、そして赤くなった。

「ごめんなさい」

「いや、前にも言っただろ、期待されていると覚えておくって」

美桜は返す言葉を見つけられなかった。

でも反って胸の中にある彼への感情はよりクリアになった。

絢士が大通りへ向かって再び歩き出す。
美桜は深く深呼吸した。

「わたし…、」

「ん?」

絢士が振り返ると、彼女はまだ薄暗い場所に立ったままだった。

「どうした?」

小走りで彼女の前に戻ると、いきなりネクタイを引っ張られる。

「なっ」

驚く間もなく屈み込まされた所に、柔らかい唇が重ねられた。

頭がくらくらする
この甘い香りは、花束からだろうか?

身体を覚えのない衝撃が突き抜けて、くすぶっていたものが燃え上がった。

離れようとする身体をぐっと引き寄せて、もう片方の手で彼女の後頭部を押さえキスを深めるように促した。

「んんっ……」

主導権を奪い、ここがどこなのかも忘れて彼女の体温を夢中で味わう。

「まだだ」

遠くクラクションの鳴る音に、彼女が我に返って離れようとするのをきつく抱きしめて留める。

「わたしは…」

彼女の言葉を遮るように、唐突に腕を離す。

今はこれ以上何も聞きたくないし、
自分が何を言うべきなのかもわからない。

「今日は送らない」

絢士はそう宣言すると、美桜の手をとり引きずるように大通りへ行き、手をあげてタクシーを止めた。

「改めて連絡する」

彼女は渡された花束を受け取り黙ってうなずいてタクシーに乗った。

行き先を告げ、車が走り出すと美桜は後ろを振り返った。

絢士はまだそこに立ったままだった。


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