猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
「今日の夕飯は何かな」
イアンとディリアがB&Bを経営していたのもまた、綾乃をこの国へ呼び寄せる運命だったのかも知れない。
『ニャー』真っ白な猫が足元にすりよってきた。
綾乃がこの国に着いた時に、瀕死の状態だったのを必死で助けて以来の親友の雌猫。
「夏はブルーよね」
この仔を題材にした絵もこれで三枚目になる。
季節、三つ分だ。
綾乃がこの地に来てもう半年以上が過ぎた。
そろそろ日本へ戻らなければならない。
たくさんの出会いがあったけれど、
残念ながら素敵な恋は見つけられなかった。
実知に言ったらきっと嘆かれてしまうな。
「現実は厳しいわね」
綾乃は笑いながらまた筆を動かした。
『ニャー』白猫が抗議するような目をして鳴いた。
「わかってる、あなたのお腹にこんな模様はないわ」
ゴロゴロと喉を鳴らす首をなだめるように撫でてやる。
「だがこの国の象徴だし、いいアクセントになっている」
「えっ?」
背後から掛けられた日本語に綾乃は驚いて振り返った。
「いい絵だ、こんな想像は中々できない」
目の前に広がる景色とキャンバスを見比べて、彼は称賛の眼差しを綾乃に向けた。
「あ、ありがとうございます」
「すみません、しばらく日本語を話していなかったので、日本語が聞こえてつい声を掛けてしまいました」
彼は一旦言葉を切ると、茶目っ気たっぷりの笑顔を見せた。
「日本の方ですよね?」
「はい」
彼は後で、この時振り返った綾乃の笑顔をそよ風のように爽やかだったと表現していた。
「猫……いや魔法使いの表情がまたいいね、モデルがいいのかな?」
彼はひょいと猫を抱き上げた。
「おや?オッドアイか」
猫は大人しく抱かれじっと彼を見ている。
「ええ、しかも魔法みたいに最近色が変わったの」
信じられないかも知れないが、魔法は存在するんだ。
綾乃はその色を四枚の絵に描く猫それぞれにしている。
この夏の絵はブルー。
美しく深いブルーの瞳は今のこの仔の右目と同じ。
「おまえは妖精の仮の姿か?」
「もちろんそうよね」
綾乃は笑って渡される猫を受け取った。
サファイアブルーを塗った時に、育ちの良さを感じる優雅な顔つきの彼が現れたのはこの仔の魔法?
「日本語に飢えてるんだ。よかったら食事を一緒にどう?」
「私、いいB&Bを知ってます」
諸外国を放浪しているという日焼けした逞しい彼と恋に落ちたのもまた、魔法なんだと思った。