猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
日向は立ち上がって猫の絵をしげしげと見る。
「結局の所、ママが家を出ていったのはこの絵が大元の原因だと思うのよ」
「そうなの?」
それは初耳だった。
「まあね、みおだって、この画家とパパの間に何かあったのは確かだと思うでしょう?」
「うん、…でもそれってすごく昔の事でしょう?
それこそおばさまと結婚前の」
「パパにとっては生涯忘れられない恋だったのかもしれないわ」
「運命の人……」
「そう、私たちが子供の頃から夢見てる生涯一度の恋よ。そしてね、みお、榊 絢士はその予感がするわ」
「やめてよ、あなたのそういうの昔から妙に当たるんだから」
日向は賢明に『だからあの男はやめろって言ったのに』という言葉を呑み込んだ。
「この猫の瞳がサファイアブルーなのも何かを示唆してるのかも」
「どういう意味?」
「みお、前からこの猫の瞳が気になっていたよね?」
「やだ、そんな大袈裟なものじゃないわよ、なんとなく気になってるだけ」
「あなたの誕生石もサファイアだし、お母様の形見の腕時計についてるのもサファイアでしょう。前にも言ったけどサファイアは真実を見いだす力をサポートするって言われているのよ」
日向は昔から宝石に宿るパワーを信じている。
「それが?」
実はついさっき自分も同じ様なことを考えていたとは言えない。
「この猫がきっかけなんて、あなたの運命の恋をサポートしようとしているに違いないわ」
「やだ、変なこと言わないでよ」
猫がきっかけ……
彼に売ったクリスタルの猫を思い出して美桜は何だか少し不安になった。
まさか、本当に運命に導かれているの?
「とりあえず絵は置いといて、デートをすることね。
はい、これ」
「なにこれ?」
「昨日もらったのよ、試写会のチケット、一緒に行こうかと思ったけどあげる。みお、この俳優好きだったでしょう?」
渡されたのはドラマで探偵役を演じて人気になった英国俳優の映画。
「私が誘うの?」
「はあ?私が誘うわけないでしょう?とりあえず、お土産のお礼とか何とか何でも理由はあるでしょ?」
「ASOの人間だって言った方がいい?」
「今ではなくていいわよ。でもいずれどこかで。
いつかバレると思うし、それで尻尾を巻いて逃げるのか、利用しようとするのかは、まだわからないわね」
「ただ受け入れるっていう選択肢はないの?」
そうなって欲しいと願う自分に気づいて
美桜は声をあげて笑った。
「ひな、私、懲りもせずまた恋をしようとしているみたい」
「あの男で懲りたなんて言われた方が、頭を疑っていたわ」
「もう!」
「大丈夫よ、ちゃんと瞳が見えてる男なら本当のあなたを見てくれるはず」
「そうね、そう願いたいわ」
「上手くいけば当面あのオババの攻撃から身を守れるじゃない」
「あっ、そうだった!」
すっかり忘れていた、オババの見合い攻撃……
日向の携帯電話から、デュカスの【魔法使いの弟子】が流れだした。
ひなの大好きな映画の音楽は彼女の大好きな仕事を知らせる。
「やだ!もうこんな時間!またね、みお」
「うん、ありがとうね、ひな」
忙しなく出て行く日向を見送って、美桜はまた絵を見上げる。
「運命の人か」
呟きながら手元のチケットをどうしようかと真剣に考えていた。