猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
愚かな過去
翌日、美桜は映画のチケットと彼の名刺をお土産にもらった硝子の地球儀で押さえて、もう30分も悩んでいた。
何十回も繰り返した台詞はすでに空でも言える。
友人から試写会のチケットをもらったの、
お土産のお礼になるかわからないけれど、
良かったら一緒に行きませんか?
でもその前に言うことがあるわ
先日はありがとうございました……
ダメ!無理!
我ながらなんて大胆な事をしてしまったのかと、今さら顔から火が出る。
でも絵のことだってあるし、
何といっても彼は私に付き合おうと言った。
その返事をしていない。
「あーもー何で連絡してくれないのよ」
そこへ図ったように携帯が鳴ったので、
相手が誰かを確かめずに美桜は慌てて出てしまった。
「相変わらずワンコールで出てくれるとは嬉しいね」
驚きで言葉を失うとはこの事だ。
「美桜、元気だったか?」
もう忘れたと思っていたのに、その声は心のきつく閉じた抽出しを無理矢理こじ開けて、あっという間に無垢で彼に夢中だった頃の自分が引きずり出された。
「番号を変えてなかったんだな」
優しい語り口はちっとも変わらない。
何度この囁きの言いなりになっただろう
「いつ、もどった…の?」
美桜はおどおどした声が、自分の口から出たものだと気づいて、ぎょっとした。
「一ヶ月くらい前かな」
戻ってすぐに連絡がなかった事に何のショックも受けなかった。
今さら私に何の用があると言うの?
私を騙して捨てて、海外へ行ってからまだ1年もたっていないじゃない!
怒りと不安がごちゃ混ぜになって、美桜は思わず携帯を投げようとしてしまった。
「切らないでくれよ」
かつては、その甘えるような口調に喜びを感じていた。
彼には自分しかいないのだと、全てを捧げた愚かな私。
落ち着くのよ、美桜。
大きく息を吸って吐き出した。
「何のご用かしら?」
よし、今度は毅然とした声が出せた。
「俺たちやり直せるよな?」
「は?」
今のは日本語?美桜は呆然とした。
やり直すですって?!
頭がおかしいのは私じゃないわよね?
「君はまだ独りだと聞いたよ」
「何を言っているのかわからないわ」
冷静に言う自分が別人のようにも感じる
いやだわ、私、気が変になって何も感じないのかしら?
「忘れてないんだよな?」
「何を忘れてないの?」
徐々に怒りの感情が高ぶっていくのを感じて、自分はまだ正常だと確信した。
「とぼけなくてもいいよ」
「なっ」
絶句とはまさにこの事だ。
絶対に、絶対に、頭がおかしいのは私じゃない!
「美桜、まだ怒っているのか?」
「怒る?私が怒っているですって?」
あまりの怒りに今度は自分を正常に保っている術がなくなった。
「私はあなたを信じていたのよ!」
「ああ。わかっているよ。可愛い美桜、待たせてごめんな、今も同じだと言ってくれよ」
「よくもそんな……」
「俺も反省したんだ、それに離れてみてやっぱり君が一番だってわかったんだ。だから許してくれるだろ?」
「ふざけないで!!」
美桜は今度こそ携帯を投げつけた。