猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
「俺のスタイリストだよ」
陽人が彼女の睨みに肩をすくめて、ポンポンと絢士の肩を叩くとまた椅子に座った。
「は?」
絢士は一度彼女を見たあと、次に陽人の顔を見た。
「聞いてた通り、明日の服とか靴とか一式揃えて家に届けてくれればオーケー」
「ごめんなさい、いきなりそんなの嫌ですよね、聞かなかった事にしてください。私が行くので大丈夫です」
申し訳なさそうにする彼女に、絢士はひとつため息をついた。
まったく……
見るからに物臭な兄貴は、ドレスコードのあるパーティーに着ていく服がないんだな。
「いや、いいよ。事情はわかったと思う」
「さすが絢士!」
誰だってあんたを見ればわかる!という突っ込みを飲み込んで、営業スマイルを作った。
恩を売っておいて損はない相手だ。
「タキシード?」
「んにゃ、それならわんさかある。明日のはもっとカジュアル」
「わんさかって、お兄さんいったい仕事は何をしてるんです?」
その問いに慌てたのは美桜だ。
タキシードをわんさか持ってる理由をここで話されるのはまずい。
「あっあの!兄はいつもこの格好なんです」
「失礼な、このシャツは三枚だけだ!」
「はあ?」
「だーから……んごっ」
コーディネートを考えるのが面倒臭いからって、
同じ服をなん着も持っていることを、自慢気に話そうとする陽人の口をふさいで、美桜はため息混じりに続けた。
「インフォーマルでいいと思います。ポケットチーフがあれば…えっと……五階辺りのイギリスの老舗ブランドで絢士さんの見立てたセットアップでお願いできませんか?」
「うーーん。いいよって言ったら、どんなご褒美がもらえる?」
絢士は意味深な瞳で彼女を見つめた。
「えっ?!」
「おっ、やるな絢士」
「もう!陽人は黙ってて!」
「うん、そうする。俺は黙って帰るよ」
「ちょっと、陽人?!」
「絢士、よろしくな」
陽人は椅子から勢いよく立ち上がった。
『頑張れよ』と向けられた笑顔はさっきまでのからかいを含んだそれとは違う。
認めてもらえた……のだろか?
「はい」
驚くことに陽人は右手をヒラヒラさせて、
本当に帰ってしまった。