猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
「あんな兄でごめんなさい」
うん、かなり強烈だ、とは言えず、絢士は無理矢理微笑んだ。
「サイズは俺と同じで大丈夫そうだね」
「はい、あの、本当にいいの?」
「いいよ、今日は公休で時間があるから」
「ありがとうございます」
いいね、その笑顔は泣き顔よりずっといい。
「お礼はいいよ、ご褒美もらうから」
「ご褒美……あっ!そうだわ」
美桜は残骸の中から、何かを探しだした。
「あった!」
「ん?これは?」
「友人から貰ったんですけど、良かったら一緒に行きませんか?」
絢士は試写会のチケットをちらっと見て、軽く咳払いした。
彼女のそのちょっと困った風に眉を寄せて見上げてくるのは反則だ。
「いいね、デートだ」
「そうなるのかな?」
だから反則だって言ってるのに。
ああ、口に出して言ってないか。
「この日は空けておくよ」
「私、お仕事のことよくわからなくて、もし出張とかあったら無理しないで下さいね?」
「あーもーダメだ」
「え?あっ…」
絢士は美桜の腰を抱き唇を重ねた。
「んんっ?あ、やと…さん」
胸を押されて仕方なく離すと、驚いた顔の彼女が瞳を潤ませて見上げてくる。
「だから、それっ」
「……どれ?」
「その顔は反則」
俺の理性を破壊するんだって。
再び唇を合わせると、今度はゆっくりとじらすような巧みな動きで唇を開かせ、貪欲に口内を侵略した。
やがて彼女がしがみついてくるのを感じると満足して、ゆっくりと身を引いた。
ここで押し倒したら、あの晩我慢したのが台無しになる。さらさらの彼女の黒髪を撫でて自分の興奮を冷ましながら、ボーッとする彼女の瞳がしっかり自分を写すのを待った。
「今のはなに?」
俺の気持ち、だろ。
でも、さっきまで泣いて弱っていた彼女にはまだ言わない。
「ご褒美を先に貰ったのさ」
「そ、そうですか」
ふうん、そうか。
怒らないし、拒否もしない、
おまけにそんな可愛い顔をしてくれるんだ。
「よしっ、行って来るよ」
「あ、あのっ、お金を」
「俺の名前で伝票切るから後で払ってくれればいいよ。お兄さんに金額見て俺の仕返しだと思わないように言っておいてな」
「はい。あっ、あのっ!!」
なんだよ、そんな顔されたらもう理性とかごたくを並べてカッコつけるのやめるぞ。
「まだ何かあるのか?」
「何か私に用があって来てくれたの?」
「ぶっ」
甘い気持ちが吹き飛んだ。
彼女の今さらな発言に絢士は笑い転げた。
「そんなに笑わなくても!」
「だって今さらそんな」
真っ赤になって口を尖らす彼女がたまらなく可愛くて、ぎゅっと抱き締める。
「ちょっと…、絢士さん」
「お兄さんの服を用意して一時間で戻ってくるよ、住所を聞いてないからね」
腕の中で彼女がビクッとした。
「絢士さん、ホントはかなり意地悪よね」
「【さん】が取れたら優しくなるかもよ」
「やっぱりすごく意地悪よ」
絢士は笑いながら軽く唇を合わせた。
あーちくしょう!
難攻不落のお姫様はすごい宝物だったぞ!
絶対に誰にも渡さない。
「それじゃ行って来る」
そして戻ってきたら、必ずこの間の返事をもらってやる。