猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
「あら、まあ」
日向は心の中でもう一度感嘆した。
あら、あら、あらら。
顔は微笑んでいるくせに、何よその心配でたまらないっていう瞳。
やるわね、榊 絢士!
おまけにユーモアのセンスもいいなんて噂にたがわぬいい男じゃない!
ここはさっさと退散すべきね。
「これ陽兄の?」
「ああ、俺の好みで選んだから、気に入らなければ俺が引き取るよ……ちょっと待て!」
日向が中身を覗こうとすると、絢士は眉間に皺を寄せて日向を振り返った。
「なに?」
「なぜ君がはる兄と呼んでいる?」
「なぜって……確かに血は繋がっていないけど幼馴染みで兄妹みたいなものだし?」
日向が何か問題かしら?と首をかしげると彼の皺が更に深くなった。
「君には呼び捨てさせないのか?」
「呼び捨て?」
何を言われているのかピンとこない日向は肩をすくめる美桜を見て納得した。
「ああ、その事ね!あ、もしかして騙されて妬いた?」
「まんまと」
その場にいられなくて残念だったけれど、素直に認める榊 絢士は間違いなく美桜に惚れてて、ちょっとかわいいじゃない!
「私はね、明らかな他人だから。その私が兄さんって呼ぶと、より親しく見えるでしょ?ってこれは蓮兄が考えたんだけど…あ、蓮兄って美桜の一番上のお兄さんよ」
「なるほど」
絢士は内心で口には出せない悪態をついた。
蓮兄ってのが、過保護の方だな。
ほらな、絶対に過保護なだけじゃないぞ。
物臭より邪悪だ……悪魔だ。
日向は不思議と彼の考えが読めた。
そして何故か彼の味方になりたかった。
「悪魔だって思ってるでしょう?」
「なんで……いや!それは……」
「今度は気をつけてね。もちろん美桜は【れん】って呼ぶのよ。蓮兄はその辺の俳優なんか目じゃないくらいイケメンで素敵だから、悪魔に騙されないようにね」
「ご忠告ありがとう」
「二人、ずいぶんと気が合うのね」
美桜は少し驚いていた。
日向は本来とても社交的で親しみやすいが、それは相手をよく知ってからのこと。
普段はクールな印象そのまま、相手に気を許さない。
初対面の人間とここまで息が合うのは珍しい。
そんな私の視線に気づいた彼女がにやっと笑った。
「妬いた?」
それを聞いた絢士の顔が嬉しそうに輝いた。
「ま、まさか」
『ちぇっ』という彼の肩をぽんぽんと慰めるように叩いて、日向は微笑んだ。
「さ、これは私が届けるから」
「うん、お願い」
「榊さん、中身の心配はしなくていいわよ、陽兄はタキシードですら自分で選べない人なんだから。例えこの中に真っ赤なスーツが入っていても、そういうものかって 着ていく人よ」
「それを知ってたら、彼女の言うことなんか聞かずに、三階で買ってきたのに」
花菱デパート本店の三階は、個性的で奇抜なデザインのブランドを揃えている。
陽人のそんな姿を想像した日向は吹き出し、つられるように美桜も絢士も笑った。
「いいわね、次はそうしてあげて」
日向はひとしきり笑ったあと、花菱デパートの袋を抱えて、また優雅なモデルウォークで入り口へ向かった。
「みお、榊 絢士気に入ったわ」
入り口まで見送った美桜の肩を叩きながら小声で言って、美桜の返事を聞かず笑いながら帰って行った。
「そう言うと思ったわ」
美桜は後ろ姿に笑いながら言った。