猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
好き
日向を見送った美桜は、今日はもう店を閉めると決めて扉をみると札はしっかりClose になっていた。
陽人?日向?まさか絢士さん?
「まったく」
誰かが入ってこないよう、鍵を閉めて彼の所へ戻った。
「今日はもうお店を閉めます。
……絢士さん?さっきから何をしているの?」
「だから、おこりんぼを探してるんだって」
そうだった、さっきもそう言っていたわね。
おこりんぼ? 美桜は机に並んだ小人を見て微笑んだ。
偶然なのか、映画で見た通りの順番に並んでる。
白雪姫は記憶にある母と見た最初の映画で、美桜のお気に入りの作品だから並び順も覚えている。
「彼は陽人に連れ去られたの」
「は?何故おこりんぼを?」
「さあ?陽人は彼のファンみたい。絢士さんも白雪姫が好きなの?並び順よく知っているわね」
「適当に並べたと言っても、信じてもらないだろうな」
絢士は立ち上がって照れたように笑った。
童話の世界は母のB 5のスケッチブックにいくつも描かれていた。少し普通とは違う世界観だったが、それは俺を育ててくれたみゆきさんいわく、子供の頃のお気に入りの絵本だったらしい。
白雪姫は森の中で7人の小人を中心に、たくさんの動物たちと描かれている。
どういう意図なのか、その絵に肝心の白雪姫はいない。
いま目の前にいるか。
そんなことを考えた自分に絢士は自嘲した。
「童話の世界は色々旅したんだ」
「絢士さんて、意外な面が沢山あるのね」
「惚れた?」
「どうかしら?」
美桜が笑って彼の側を離れようとしたら、ぐいっと腕の中に引き寄せられた。
彼の爽やかな香水の香りが心地よさと共にまた記憶に刻まれていく。
「東堂ヒナタと知り合いだったんだ」
「ええ、幼馴染みで親友よ」
「なるほど。俺、審査は無事に通った?」
「え?」
「点数は聞かないよ、合格はしただろ?」
「もう、あなたって人は」
そういう憎めないところ、すごく魅力的なのわかっているのかしら?
離れようと思ったのに、美桜は彼の腰に腕を回していた。
「さっきの事は聞かない、どうせ聞いても俺には話してくれないだろ?」
「ごめんなさい」
「いいよ。今日これからの予定は?」
美桜は頭の中で予定を想像した。
家に帰ってまず庭へ行って、庭師の勇蔵(ゆうぞう)さんを捕まえるの。要らなくなった鉢をもらって思う存分叩き割るわ。
そして次に厨房へ行って陽人が隠しているベルギー産のチョコレートを気持ちが悪くなるまで食べるの。
そのあとは蓮の部屋に行って、殺人事件を解決する漫画を片っ端から読めば眠くなるかもしれない。
でも、ベッドに入ればまたあの人との過去が甦ってきて、眠れなくなるでしょうね。
明日の朝は、後悔でいっぱいの酷い顔でここへ来るんだわ。
美桜は首を振った。
「まだ家に帰りたくない」
そう言えば彼が一緒にいてくれるだろうって、わかって言った。
ずるいわよ、それに危険
こんなに心が弱っている時に彼といて優しくされたら、それこそどうなるのかわからない。
もっと慎重にならないと。
「本当は今日、都合がよければ絵をみせるつもりだったけどやめた」
「えっ!やめなくても」
絢士は静かに首を振った。
「絵は見せるよ、必ず。でも今日じゃなくてもいいだろ?」
美桜は考えてみた。
もし見せてもらったとして、彼の持つ絵が本物でも偽物でも今日はその先を考えられない。
「わかりました」
やっぱり今日は家に帰ってゆっくりお風呂に入ろう。
そうだ、その前に携帯を変えなくちゃ。