猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
健全なデート①
健全なデートと言われて、店を出ると絢士さんは地下鉄の駅へ向かった。
「あのっ」
美桜は改札の前で立ち止まった。
「美桜?早くおいで」
「電車に乗るのよね?」
「そうだけど?」
「えっと、どこまでかしら?切符を買わないと」
「は?」
彼が驚いた顔をしている。
「どこまで買えばいいの?」
おかしな事は言ってないはずよ、電車には何度か乗った事があるもの。
行き先までの切符を買うの、それくらい知ってるわ。
絢士は瞳をパチパチさせて、たっぷり一分間は美桜を見つめていた。
「もしかして新幹線なの?」
新幹線の切符は販売機で買えないのかしら?
今からそんな遠くへ行くの?
「美桜」
「は、はい」
「つかぬことを聞くけれど、君はいつもどうやって通勤しているんだ?」
「たいていは車で…」
呉藤(ごとう)さんが、と言おうとしてハッとした。
私はアンティークショップの雇われ店長。
お抱え運転手はいない。
美桜は絢士が手に持っているものを見た。
定期…、そうだわ!
定期券を持っていなくちゃいけないんだわ!
「車を持っているのか?」
どうしよう、私は運転できない。
「蓮が…、兄の会社がこの近くで、それでついでだからっていつも蓮の車に……」
そうよ、それがいい。
実際、麻生の本社ビルはここから近いし。
たまに一緒に来るもの、嘘じゃないわ。
「過保護は本当なんだな」
咄嗟に出た言い訳はうまく通用したみたいだ。
ため息をつかれてしまったけれど。
「上のお兄さんは結構偉い立場なのか?」
「どうして?」
「だって、都心に車で出勤するなんてかなりだろ?」
「そうなの?」
美桜は本当にわからなかったので、自然に言えたのがよかったのか、彼はそれ以上の追求をやめた。
「まあいいや、こっちに」
彼は券売機に行くと、ic カードの説明をして画面を押して作る事を薦めてくれた。存在は知っていたけれど使うことがないと思っていた。
「これで私、どこでも行けるのね」
地下鉄に乗ると、彼女は魔法の鍵でも手にしたかのようにカードをうやうやしく鞄にしまった。
「いや、そうとも限らないが……
まあいいや、それはまた今度でも」
子供のようにはしゃぐ美桜に、絢士は今日のところは詳しい説明を省略することにした。