猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
出逢い
昨晩 突然連絡の入った緊急会議の資料作りの為に、
絢士(あやと)は、早朝出勤し急ピッチで今日予定していた仕事をこなしていた。
今回のプレゼンには、何の問題もなかったはずだ。
なぜ今になって、もう一度最初から説明しなければならないんだ!
絢士は自宅で仕上げてきた資料を確認しながら、部下の神宮寺(じんぐうじ)に指示を出す。
「あとはこの精算を経理に。ついでに来週の出張費の申請もしてくれ、それから……」
視線を感じて書類から顔を上げる。
神宮寺はすがるような瞳で上司の榊 絢士(さかきあやと)を見つめ、心の声が通じるように念じた。
頭の中はフリーズする一歩手前だ。
今朝早く布団の中で受けた尊敬する上司の電話に慌てて家を出たので、朝食はおろかコーヒーの一杯だって飲んでいない。
通常の就業時間までは余裕で一時間はある。
とりあえず何か、何か口にしなければもう脳みそが停止する。確か室長の引出しにまだ残っていたはずだ。
『ギブミーチョコレート!』
「ん?なんだその顔は?」
絢士は怪訝な顔で右眉を上げた。
神宮寺の事はよくわかっている。
痩せの大食いで甘いものに目がなく、仕事に手抜きはしないが空腹時には意味不明な言動をすることがある。
「あとは昨日の指示通りでいいですね!」
神宮寺が早口な事に気がついた。
……空腹なのか。
絢士は資料の最後のページに目を通すと席を立った。
毎回どんな状況でもいち早く飲み込んで、的確な判断ができる部下は神宮寺だけだ。
これ以上は心配ないだろう。
腕時計を見ると約束の時間まで中途半端な空き時間が出来てしまった。
「少し外に出てくるからロビーで落ち合おう。資料忘れるなよ!ほら、好きなものを食え」
絢士は財布からお札を一枚渡して、自分は上着を羽織り会社を出た。