猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
「まったく、何が知りたい?」
美桜は今度こそ本当にニッコリした。
「ご家族は?お母様と?」
「だけ。俺は一人っ子で父親はいない」
絢士は苦笑いした。
正確にはちょっと違うけど、今はそうとしか答えられないな。
複雑な上にさらに複雑だから。
いつか彼女に話す日が来るだろうか?
「ごめんない」
「なぜ謝る?美桜だって言ってただろ、知らなかったのに謝るなって」
「うん」
最初から父親のいなかった俺とは違って彼女の場合は、突然いなくなってしまった。
しかも一度に二人とも。
絢士は握っていた手を励ますように軽く力を込めた。
美桜が小さく笑って、同じように握り返してきた。
「大学を出て今は花菱デパートに勤務してるのは知ってるよな」
「ええ」
「学生時代はずっとサッカーをやってた。花形のFW やMFではなく守備のDF。DF はあまりモテないんだ。君が思うより、俺は地味なんだぞ?だから安心して」
美桜は繋いでいない方の手で彼の肩を強く押した。
「嘘つき。兄達もサッカー部だったのよ、私が女だからって何も知らないと思っていると痛い目に合うんだから」
絢士は肩をすくめて、怯えるふりをした。
「本当よ、兄が二人もいると知りたくないことまで知ってしまうの。蓮もDF だったのよ、目立つ花形の人を隠れ蓑にしていたのを知らないとでも?」
「ごめんなさい、降参します」
絢士は彼女とのやりとりを心から楽しんでいたし、彼女もそうだと感じた。
難攻不落だと思った俺のお姫様は、見かけの大人しさとは違って楽しくて意外な面がたくさんある。
「それならこれはどうだ?俺は暇なときは料理をする、ってまあそんな大層なものは作れないけど」
「お料理?!」
驚いた彼女の大きな瞳がさらに大きくなってる。
学費を稼ぐ為に、たくさんのバイトをした。
その内のひとつ、一番長く続いたのがイタリアンレストランって言えば聞こえがいいが、まあいわゆるパスタ屋だった。
「素敵なのは見た目だけじゃなくなった?」
「すごく意地悪なのは確定ね」
美桜は口を尖らせて不貞腐れたふりをしていたけれど、それも長くはもたなかった。
「お料理ができるの?」
彼女のきらきらした瞳に、絢士は声を上げて笑った。