猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
絢士は時間つぶしに近くの通りに出てみた。
出勤にはまだ早いこの時間、人もまばらな街へ出るのは久しぶりだ。
思いついて賑やかな表通りの1本裏、細い路地に入ってみると、そこは朝だからというだけではない思いがけない静けさが漂っていた。
控えめな看板に元祖だと書いてあるカツカレーの店。
どうやって成り立っているのかと要らぬ心配をさせられる古びた草履屋。
入り口のドアにつけられたベルが昭和を感じさせる喫茶店。
どの店も絢士の心を躍らせた。
中でも目を引いたのは、入り口の小さなギャラリーに、小振りのガラス細工が展示されている骨董店。
こんな早い時間にやっているとは思えなかったが、
扉の札はなぜかOPENになっていた。
チシャ猫のような笑みをしたガラス細工の猫が、朝日を浴びながらキラキラ光って『入れば?』と絢士を誘っている。
大学を出て一人暮らしを始めてすぐの雨の日、自宅マンションの駐車場で痩せた茶トラの猫を拾った。
いや、正確に言うと、目があったあいつに『雨宿りするか?』と言ったら『にゃー』って返事したんだ。
そのまま居ついて大きくなった猫は7年と7ヶ月の間、絢士の親友だった。
「ブタ猫に似てるな」
昨年亡くした愛猫を思いながら、絢士は試しにドアを押してみた。
「おっ、本当に開いてるんだ」
黙って店の中に一歩足を踏み入れた途端、口の端が自然に上がった。
壁に掛けられた絵は数点だが、印象派から古い外国アニメのセル画までバラエティに富んでいる。
雑然と置かれている品々は、どれが売り物なのかディスプレーなのか区別がつかない。
いや、全て売り物なのだろう!
ごちゃごちゃしているようで、不思議と違和感がない。
宝探しは大好きだ。
子供の頃は、ピーターパンに始まり、どこかに隠されている財宝を探す物語に夢中になった。いつか自分も隠された財宝を探してやるのだと夢見ていた。
まあ、たいてい誰もがそうであるように、
子供の頃に描いた未来に立つことは容易くなく……
現在は大手デパート企画部に勤務する日々。
それでも大きな宝はないけれど、新しい商品を企画したり見つけたりすることは、わくわくする宝探しに少し似ていると思う。
これまで順調に成功を収めた結果が今のポジションであるが、絢士の中で、このところ何か別の宝探しをしたい気持ちが膨らみつつあった。