猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
ふと、呼ばれたような気がして奥の壁を見た。
「あの絵は!」
思わず叫んで壁に掛けられた絵に駆け寄った。
そこに描かれていた猫は、絢士が幼い頃から大切にしていた亡くなった母の形見の絵の猫と同じだった。
いや、猫だけではない。
絵の雰囲気、風景、タッチすべてが同じだ。
どうして?
ただの空似とは違う!!
この猫の模様はちょっと特徴的なもの。
何故こんな所に母の絵が?
産みの母親は幼い頃に病気で亡くなっているが、絢士の中に母の記憶は薄らと残っている。
そして……
記憶の限り父親は最初からいなかった。
母がどんな理由で自分を身ごもり産んだのかを知りたいと思わなかったし、実の父親が誰なのかを知りたいと思った事は一度もない。
それは本心であり、たとえ調べた所で出てくるのは聞かなければよかった結果だと、心のどこかで決め付けていた。
そして血の繋がりがないにも関わらず、自分を引き取り育ててくれたみゆきさんはこの先も一生家族だ。
記憶の片隅にある産みの母は、若くて美しい人だ。
写真が1枚もない今となっては、果たしてその顔が正しいのかさえもわからないが。
それでも忘れられない風景がある。
頭の中で再生された幼い記憶の世界を絢士はさまよっていた。
「あの…、ごめんなさい、まだ準備中なんです」
はっとして、声の方を見ると目の覚めるような美しい女性が奥から現れた。
大きな黒い瞳はびっしりと長い睫毛に縁取られ、ふっくらとした唇は柔らかな笑みを浮かべている。
絢士は突然喉に何か詰まったかのように、上手く言葉が出なくなった。
これは現実だろうか?
小首を傾げてゆっくりと自分の方に歩いてくる彼女をただ見つめた。
腰の辺りまである黒髪はさらさらと彼女の動きにあわせて揺れ、シンプルな黒のワンピースが華奢な手足を引き立たせている。
彼女が隣にきた途端、見た目の美しさだけではない何かが絢士の心を鷲掴みにした。