猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
「今日は火曜だから、徳さんのくる日ね」
近所の常連さんと昔の御贔屓さんとで成り立っているこの店は、なるべくそれぞれの好みのものを出せるように、メニューを考えている。
「アジを刺身にしないと」
冷蔵庫を開けようとすると、入り口がガラガラっと開く音がした。
「徳さん、まだ準備中……あら、絢士!」
「ただいま」
「珍しい、仕事は?」
「うん、今日はもう終わった」
「なに?どうしたのよ?」
みゆきは手を止めて、息子を見た。
最近は甘さが減って男の色気が増してきた。
「色々話があってさ……」
言い出しにくそうな息子の雰囲気に、もしかしたら…、さっきの考えが過り写真立ての綾乃をちらっと見た。
「そう、じゃあ座りなさい」
絢士がカウンターに座ると、みゆきは冷蔵庫からビール瓶を出した。
「いい、お茶かなんかで」
あらあら。
ますます期待しちゃう展開じゃない?
「あら、そ。今日は泊まってくの?」
「いや、帰るよ」
みゆきは内心で浮き浮きしながら、コップにお茶を入れて絢士に渡した。
「あのさ、年明けから職場が変わるんだ」
「どこに?」
「銀座の本店外商だってさ」
『そう。……それだけ?』
なんだ、仕事の事か。
写真立ての綾乃に落胆した顔をする。
「それだけって?」
絢士の眉間に僅かな皺がよった。
「いいの、こっちの話。
もしかしたら、お姫様を見つけましたって話かと思っただけよ」
片手を振ってみゆきはまた、アジをさばき始めた。