猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
「名前とか聞いてないの?」
『綾乃から絢士が知りたいって言ったら、行くようにって渡されたのはアイルランドの住所なのよ」
「絵を描いた場所か」
『どうしてそれを?!」
「彼女が教えてくれた、他にも作者…母さんのサインの事とか……」
「そう。ならば考えすぎかも知れないわね。
絵の情報をきちんと把握しているみたいだから、その子は単純に買っただけかもね。絵を売られててもおかしくないのよ、悪いけどそういう男な気がするのよ」
「どういう意味?」
「夏の絵はね、手切れ金だったのよ」
「えっ」
みゆきは気まずい顔をした。
綾乃は最後まで私に男の名を明かさなかった。
今どき時代は21世紀で平成なのに身分とか、馬鹿みたいな事を言って、綾乃は幸せになれたかも知れない人生を選ばなかった。
「いいかい、おまえはおまえだよ」
そう前置きして、みゆきは絢士に知っている事を包み隠さず話して聞かせた。
「じゃあ、遺伝子上の父親は俺の存在すら知らないってこと?」
みゆきが悲しそうにうなずく。
絢士はみゆきに何か言わなければと口を開けるけど、言葉が喉の奥につかえて出てこない。
胸の中に闇が渦を巻いて広がっていく。
長い沈黙が続いた。
もしかしたら美桜は腹違いの妹になるのか?
そんな!そんなはずはない!
そういうのはわかるはずだ!!
だが、彼女のあの絵は売り物じゃないと言った。
なぜ?
亡くなった父親の大切な思い出だから?
沈黙を破って、椅子が倒れる音にみゆきがハッとする。
「どこ行くの!!」
絢士は広がり始めた闇に追い立てられるように、店を飛び出した。