猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
焦燥と安堵
新しく読み始めた小説が中盤に差し掛かった頃、美桜は入り口をノックする音に顔を上げた。
「開いてるわ」
立ち上がって声をかけた。
全速力で走ってきたのか、もうすぐ12月になると言うのに彼の額からは汗が流れている。
「ごめん」
「ううん、そんなに急いで来てくれなくても大丈夫だったのに」
美桜は慌てて奥へ行き冷えたペットボトルの水を持ってきて渡した。
「ありがとう」
絢士から急に会いたいと連絡を貰った時、美桜はちょうど店を閉店して出る所だった。
昼間納品されるはずだったイギリスからの船便が遅れると連絡があったが、結局品物が届いたのは午後7時。
割れ物のチェックをして、待っているお客様への連絡が終わって、ようやく帰れると思っていた矢先に絢士からの切羽詰まった電話に、美桜はもう一度店を開けて彼が来るのを待っていた。
水を飲み干して落ち着いた絢士が、いつものように机を見て苦笑いした。
「またさらわれたな」
先週貰ったおこりんぼが消えている。
「ごめんなさい」
「いいよ。それよりも美桜」
焦ったように彼が話を始めようとした。
「待って、閉めてくる」
美桜は入り口へ行き、札をcloseにして施錠をしながら内心で首をかしげた。
どうしたのかしら?
絢士さんの様子が何だかいつもと違う気がする。
セキュリティーのロックをかけて、彼の元へ戻った美桜はその違和感に気がついた。
「どうしたの?」
いつもなら二人きりになると頬を撫でたり髪をといたりどこか触れてくるのに、さっきからずっと一歩離れた所にいる。
「聞きたいことがあるんだ」
怖いくらい真剣な瞳
絢士さんのそんな顔、初めて見た。
「何かしら?」
美桜は無意識に手をぎゅっと握りしめた。