猫と宝石トリロジー①サファイアの真実
甘い響きの彼の声に、それだけで満たされてしまう。
もう充分よ、
今がその時に違いないわ。
美桜は覚悟を決めて深く息を吸い込んだ。
「絢士さん、あのね」
ふぅーっと息を吐き出して、起きあがり握られていた左手に自分の右手を重ねて彼の手をぎゅっと握った。
「ん?」
ニコニコしながら絢士に顔を覗き込まれる。
「あのね、蓮の仕事…、家の会社なんだけど」
「あっ!!仕事、忘れてた!!」
彼の大きな声と焦った顔に驚いて、美桜は続きの言葉を飲み込んだ。
「お仕事どうかしたの?」
「年明けから俺、職場が変わるんだった!」
「えっ?」
「そうか!んーヤバイかな…、美桜ってお嬢様だったんだよな……」
「なに?どうしたの?」
「邪悪な兄貴は俺の仕事、気にするよな」
「そんなの気にしないわよ」
「いや、当然だな。マズイな……」
考え込む彼に美桜は首をかしげる。
「どうして?ちゃんとしたお仕事じゃない」
「そうだけど。俺さ、頑張るけどこの先あんまり出世しないと思うんだ。美桜もそれじゃ嫌だよな……」
出世?!
何を言い出すのかしら?
「あなたの出世なんて望んでないわ」
美桜はキッパリ言いきった。
「そうはっきり言われると複雑だけど」
もちろん仕事で活躍する絢士さんは素敵だと思うけれ
ど、何となく彼には野心とかそういうのがないってわかっていた。
そういう部分も惹かれた一つだから
「ごめんなさい。でも、どうして頑張っても出世できないの?」
「俺にはコネとか後ろ楯がないから」
自嘲する彼に美桜は腹が立った。
ううん、違う。
そんなもので彼の能力を狭める彼の会社に腹が立った。
「馬鹿馬鹿しい!!
そんなのなくたって絢士さんの仕事ぶりは見る人がきちんとした瞳で見ればわかるわよ!
あなたの事をきちんと評価できない会社なんて、こっちから願い下げだって言ってやればいいわ」
付き合いは浅くとも、彼が仕事に打ち込んで手を抜いていないのは十分承知している。
それに、とても楽しんで情熱を傾けていることにも。