RUBY EYE

最早、言葉にすらなっていない。

しかし、二人はそんな椿の狼狽ぶりに納得した。

ある人物の登場によって。


「―――慧」


美鶴が椅子から立ち上がり、呆然と見つめる先には、かつて人間の女との愛を選び、音無を捨て、自分の元から去った息子―――慧がいた。


「死人でも見たかのような顔ですね、母上」


最後に見たあの頃より歳を重ねたのだろうが、彼は変わっていない。

黒い髪も、優しげな瞳も、声も、喋り方も、立ち振る舞いも。

何もかもが、あの頃を思い起こさせる。


「慧様、何故・・・・・・」

「娘を迎えに来たんだが、どこにいるのか聞いても?」


慧の言葉に、全員が黙る。

月野の行き先は、誰ひとり知らないのだから。


「・・・・・・そういえば、月野ちゃんが教会について聞いてきたけど」


思い出したように、椿が呟く。


「あの教会か。懐かしいな」


慧は楽しげな笑顔を浮かべる。


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