君がいるから
女の子の姿が無くなり、しばらくして胸の奥底からじわじわと込み上げてくるものを久々に感じる。それは、コウキの意地悪をされた時と同じ感情。
「あぁ……抑えなきゃ。自分より年下の子なんだから」
眉間に皺を寄せ頭に掌を乗せて、込み上げてくるものを静めようと深く息を吸い込む。
「部屋にどうやって戻ろう……」
この場に1人残された事に吐息が漏れる。柔らかな風が吹き、花々の甘い香りが鼻腔を擽って気持ちを落ち着かせてくれようとしているみたいで、今度は違う息を吐いた。
「きっと誰かしらに途中で会うだろうし、その人に聞こう」
肩の力を抜き、おもむろに見渡した先に白い2人掛けのベンチが目に入り、傍に寄り腰を掛けて空を仰いだ。太陽の日差しが暖かく、緩やかに吹く風の心地良さに瞼をゆっくりと閉じようとした時――。
「おいっお前。珍しい変な服着てんな」
突如、影が落ちてきて、閉じかけた瞼を開き見る。赤い髪を上に立たせ、左頬には目元まである大きな十字傷。
一重瞼にやや大きめの茶色い瞳の青年が、口端を上げ私を見下ろしていた――。
* * *
「探してない?」
「はい」
アディルは自身の職務室に戻り、口の周りに髭を生やした自分よりも年上だろう補佐に言われ、椅子に腰を下ろした。
「どなたにそんなことを?」
「ん? あぁ、ところで何か変わったことは」
色々な書類が置かれた机はきちんと整頓され、肘を突きながらデスクの中央に纏められた書類に一枚一枚を手にしながら髭の男に問う。
「1つ気になることが、先ほど報告が入りました」
「どうした?」
続く言葉を待っていたアディルは、書類から髭の男に目を遣る。
「ここ数日、頻繁に目撃されている盗賊の身元が判明しました」
「今度はどこの連中だ」
「サーチェ一族です」
一点を見据え目を細めるアディルの表情は厳しい顔つき変わる。
「その者達が、昨夜この城の周辺を徘徊していたと」
「やはり最終的な目的は……それとも金か女か」
「恐らく……前者でしょうか。王の周辺の警備を強化致しましょう」
「念の為、女性の周辺もだ。昨夜同様、通常の警備も怠るなと伝えろ」
「御意」
拳を胸に宛がい一礼をし、部屋を後にする髭の男。閉められた扉を目にして、アディルは腰を上げ背後にある窓外へと目を向け形の良い唇を開く。
「サーチェ一族……海を越えてやってきたか」
それぞれの策謀が動きだそうとしていた――。
Ⅳ.策謀 完