君がいるから
確信は持てなかったけれど、降ってくるように頭に直接響いた気がした。
「あきな?」
アディルさんの声が耳に届かないほどに、私は天井を仰ぎ続けた。そして――視界に飛び込んできた光景に私は薄く唇を開く。
「龍――と、白い、羽」
以前来た時には見えなかった。
天井に浮かび上がった大きな白い龍、そして龍の背には、純白の羽、龍の瞳は金の色。その金の瞳は、まるで私を直接見下ろしているよう――。
「どうして……私を……?」
地球では空想の生き物で、空想によって描かれたものに純白の羽が生えてるなんて、私は見たことない。それに、イメージとして怖いと思っていたのに、どうしてそんなにも纏う雰囲気が、柔らかく優しさに満ち溢れているんだろう。
薄暗い部屋の中で、龍だけは光輝いているようで、その姿ははっきりと自分の瞳に映っている。金の瞳にそのまま吸い込まれてしまいそうな感覚が生まれて、口を一文字に固く結ぶ。
「あきな? 一体何を見て……」
アディルさんの声に視線を横に移すと、アディルさんの紅い瞳は揺れ、天井を仰ぎ驚愕の表情を浮かべていた。その表情から、彼にも見えているのだと悟る。再び、私も天井を仰ぐ。けれど、先程まであった龍の姿は、もう存在していなかった。
「白い……龍……」
そのまま我も忘れ、ただ天井へと視線を注ぎ続ける。ふいに両手を胸元に持っていき、固く握り締めていた。それは怖いという感情ではなく、ただ。
「あきな」
肩を数回叩かれ、我に返り声のした方へ視線を移し見た。
「あきなは、あれがはっきりと見えたんだね」
「白い龍……に白い羽が。あの金の瞳が、私を見下ろしてるようで」
私の言葉にそっと瞼を閉じるアディルさんは、数秒後うっすらに開いた。その目は私を映してはいない。
「この世界の傷が癒される日はやってくるのか……」
一つ私は知った――この世界で起こった出来事を。でもそれは、ほんの一部でしかなかった。
アディルさんが口にした世界の傷が癒される日。龍の背に生えた純白の羽が意味するものを。私には――まだ知る由もなかった。
Ⅴ.傷痕 完