君がいるから
Ⅵ.指輪

 
 図書室の中は静寂が漂う。
 私はただ――どこか一点を見つめているアディルさんの顔を見据えているだけ。

(アディルさん、あなたは今何を考えているんですか?)

 悲しそうな表情をするアディルさんに心の中でそう問いかける。それから数秒して、アディルさんは私の視線に気づき、紅い瞳が向けられた時、慌てて笑みを作った。

「ごめん。ぼーっとして」

「あ、いえ」

 いつもの表情に戻ったアディルさんは、机の上に開かれた本を閉じ数冊の本を重ねる。

「申し訳ないけど、今日はここまででいいかな? そろそろ仕事に戻らないと」

「はい。ありがとうございました」

「続きはまた今度ゆっくり」

 片目を瞑り見せたアディルさんは本を手にして"片してくるから待ってて"と言い残し、本棚の影に入って行ってしまった。そうして私は、もう一度確認するかのように天井を仰ぎ見る。

「さっき……の龍。あれは一体」

 天井に浮かび上がった白い龍を今一度思い浮かべ、目を凝らして端から端まで見渡してみても、やっぱりそこにはもうあの姿はない。精密に描かれた絵ではないと感じる。最初に来た時に見た絵と酷似していて――そこで、はたっと、あの絵さえも消えていたことに気づく。私は、あの龍の存在が頭から離れずにいた。





   * * *




「夕食の時間になったら、また迎えに来るね」

「はい。あの……早くお城の中覚えるようにします。そうしたら、アディルさんに迷惑かけないで済むだろうし」

 図書室を出て、その足で私の部屋へとアディルさんが送ってくれ、部屋の扉の前で向かい合い立つ。

「迷惑だなんて思ってないよ? むさい男達とより女性といた方が断然楽しいから」

 唐突に顔を近づけてきたアディルさんから、咄嗟に体を後に引いて距離を取り構える。

「あからさまに、そう逃げられると悲しいな」

「満面の笑みで、そう言われても説得力ないです」

「そっか。それじゃ、騎士団長殿に叱られる前に行くとしますか」

「お仕事頑張って下さい」

「ありがとう。あきながそう言ってくれると、やる気が出てくるよ」

 また冗談を言っているのかと苦笑を漏らす私に、踵を返すアディルさんは手を振り歩廊の奥へと去って行く。アディルさんの姿を見送って、部屋の扉を開け中へと身を動かす。

「まだ、少しだるさが抜け切ってないな……」

 少し重く鈍く感じる体に問いかけるように、一つ息を漏らした。


< 134 / 442 >

この作品をシェア

pagetop