君がいるから


 既にやってしまったことに対し、今度はどうしようかと目が焦り動いてしまう。

「すっすい――」

「お前が喋りやすいように喋ればいい」

 途中で言葉を遮った王様は穏やかな表情で私を見下ろす。それに甘えてもいいのだろうかと思ったけれど、一瞬白灰色の髪のあの人の瞳が過ぎった。

「そう言って頂けるのは嬉しいんですけど。さすがに、それはまずい気が、するんです」

「その方が楽だろう? 前にも言ったはずだ、お前はこの世界や国の人間ではないと。まぁ、俺の命に従えとも言えないが」

 王様は体制を元に戻すと共に、頭から重みが去る。私より頭二つ分くらいある高さから、腕を組んだ王様の漆黒の瞳が見下ろす。

「元の世界に帰るまで、ここが自分の家城だと思えばいい。少し勝手が違うかもしれないがな。慣れない地で素を隠し、気を遣い、我慢していたら、つらいだろ」

「どうして、そんなに私に優しくしてくれるんですか? 違う世界から来たっていうのは、もしかしたら"嘘"かもしれない……のに」

「なんだ。嘘なのか?」

 そう逆に問われ、慌てて左右に頭を振って答える。恐る恐る見上げて、ほんの数秒間互いの視線が交じり合い、王様の口端が上がった。

「なら問題はない」

「王様っ」

 途端に私の横を通り過ぎようとする姿を追うように、体ごと振り返り呼び止めると顔だけをこちらに向けた。

「俺の名は"ジン"だ。この間も言ったろ」

「でも、あの、それは本当に怒られ――」

「次、名を呼ばなかったら――どうなるか、覚悟しとけよ」

 それだけを口にし扉へと歩み始めてしまう背中を見つめる。

「本当に呼んでいいのかなぁ。ギルスのお爺さんと、アッシュさんに何か言われそう」

 一つため息をつき、ふと視線を落とした時気づく。

「あれ? 光ってない」

 先ほどまで淡く輝いていた赤い光は既に失っていた。そっと指輪に触れてみても、ただ自分の体温が伝わってほんのり温かくなっているだけのシルバーリング。

 一体いつ輝きが止んだんだろうと、思い返して浮かぶのは――。

「やっぱり……あの剣と何か関係が?」

「おい」

 指輪を凝視していると、少し遠くの方から聴こえた声が耳に届き、目をやった先には王様――ジンが扉を開いて外に出ようとしているところだった。

「ずっとそこにいる気か?」

 投げ問われた言葉に、ぶんぶん頭を左右に振って慌ててジンの後を追ってこの場を後にした――。


< 163 / 442 >

この作品をシェア

pagetop