君がいるから
「アディル。老様の話の途中だ。座れ」
冷静に放たれたアッシュの声音で、アディルは我に返ったようで申し訳なそうに頭を下げた。
「申し訳、ありませんでした」
「否、よい」
カツンッ カツンッ
靴音を鳴らしながら己の指定席へと遣って来ると、椅子へと腰を下ろし腕と足を組み、ギルスへ続きを話すように漆黒の瞳が促す。アディルは視線を落としながら、己もまた再び腰を降ろした。
「それで? あきなのことについて何か分かったのか、ギルス」
4人は向かい合わせに座っていたが、今度はギルスがのっそりと腰を上げ、ジン達へ背を向けておもむろに口を開いた。
「あの少女は」
口にした途端、ギルスはそっと瞼を閉じる。
「この世界の運命を握っているやもしれぬ――」
落ち着いたゆっくりとしたギルスの口調に、ジンとアディルは目を見張り、あくまでも冷静な表情を崩さないアッシュの目元が反応を示す。
「あきながこの世界の運命を握っている? それはどういうことだ、詳しく説明しろ」
一つ一つ話すギルスにジンは問う。その時、アディルは少し身を乗り出すようにして、ギルスの言葉を待った。
「…………」
「ギルス!」
促しても何も語ろうとはしないギルスに痺れを切らし、ジンは声を上げた。ギルスは一つ微かに息を吐いた後に身体ごと振り返り、ジンたちへと顔を見せる。
「あきなにも聞いてもらわねばなるまい」
ギルスはそう言うや否やアディルを見遣った。
「承知しました。只今、あきなをこちらへ連れてまいります」
ギルスの視線のみで察し、アディルは腰を上げ一礼をし扉の方へと足を向けようとした時だった――。
「いや、アディル。俺があいつを連れて来る」
突如、思いがけない言葉が耳に届き振り返ると、ジンはいつの間にか扉へと歩み進めていた。
「王!?」
「お前は茶の用意をしてくれ。たまにはお前が入れたのを飲みたい」
「王、私があきなをお連れしますから。お待ちに――」
先行くジンを呼び止めようと追いかけるも、既にジンの背中は扉の向こう側へと消える寸前で、ジンを追ったのも虚しく重厚な扉が閉じられた音がやけに大きく耳に届いた。そして、その場に立ち尽くすアディルの視線は、扉へとしばらく向けられていた。